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Close up! 令和のグラスハープ奏者 大橋エリ
「グラスハープ」ワイングラスの縁を濡れた指で擦って音を奏でる楽器。
その歴史は古く、楽器として約300 年前には存在していたとのこと。流行の波を経て現代まで受け継がれてきた楽器ではあるが意外にもその情報量は多くはなく、いざ演奏してみようと思うと疑問も多くわきあがる。そんなグラスハープについて、オリジナルのスタイルで演奏活動をされ、令和の時代に新風を巻き起こす大橋エリさんに伺いました。
取材:パーカッション・シティ 山田俊幸
まずはグラスハープについてお聞かせください。
私は特注など特殊なグラスではなく食器売り場で一つ一つ買い集めてセットしています。高級グラスはやはり良い音色がしますが、試しに音を出してみたいのであれば100円のグラスでも十分音は出ますし、6 客セットなどで音階を作ると仕組みも理解しやすいです。よく、お水を入れて演奏するのがグラスハープだと思われがちですが、実は空の状態が一番よく鳴るんです。もちろんそんな都合の良いグラスに出会える事も少ないので、音程ぴったりになるようにお水を入れて調律をします(水を入れると音程が低くなります)。私が普段演奏しているグラスハープは4オクターブですが、大小のグラスを長い時間をかけて揃えていった感じです。割れてしまう事も当然あるので、ストックも含めると数百個のグラスを持っています(笑)。グラスハープ専用のワイングラスを作る事も夢に描いています。
グラス選びも大変ですよね?
基本的に大体のワイングラスでも音を鳴らすことはできますが、音のうねりや響きの特性もあるので、欲しい音程や発音の良いグラスを見つけ出すという意味ではとても大変です。なにより、実際に店頭で音を出すことができません!商品ですので、、、傷をつけられないし、細心の注意を払ったうえで、「指腹をちょっとあてる」感じで音程を確かめさせてもらう事は少なからずあります。実際に購入したグラスを鳴らしてみて、やっぱり違うな!という事も多いです。汗。
※グラス選びはごく丁寧にお願いします。
ただ、慣れてくると見た目でなんとなくわかりますね(笑)。おわん型の(癖のない共鳴管みたいな)グラスが良いです。なるべく響きも似る同じような形で揃えられるように気を使っています。
グラスの高さもなるべく同じになる様揃えています。
ちなみに私のセットはグラスの高さを調節するアイテムもミリ単位の特注で作っています!
まずはおうちのグラスで音を奏でてみて音階を作るイメージを掴んで頂けたらと思います。
音の出し方についてアドバイスをお願いします。
グラスの汚れや、指先の油分は大敵です。まずは手とグラスをよーく洗ってください(笑)。
グラスをきちんと固定されている事も重要です。私はテーブルに直接接着をしていますが、それぞれの奏者によってやり方はあるようです。まずは手軽に1つのグラスで音を出すには片手で押さえて、もう片方の指で飲み口を回すように擦って下さい。うまく摩擦が起こらないと美しい音色を奏でられません。ポイントは、指を濡らしておくことです。
優しくなでていく事で摩擦が生まれるポイントを見つけ「ヒューン」という音色が出るようにしてみましょう。水やグラス全体に振動が伝わればより神秘的な音色になると思います。
私は全ての指を使って演奏しています!普段は4 和音で動く事が多いです。振動が伝わって音が鳴り始めるまでのタイムラグがあり、初めは苦労しましたが今では即発音が可能になりました。他の楽器の様に幅広い音楽表現を目指して、レガート、スタッカート、強弱ほか細かい音のニュアンスを日々研究しています。
基本は指先(末節骨)の腹がおおいですが、第二関節(中節骨)や第三関節(基節骨)の腹でも発音します。
手のケアがとても繊細だと思うのですが、、、
先程手洗いが基本と言いましたが、なかなか指先のコンディションを整えるのは大変です。水質や、体調にも左右されるので「良い具合」の維持には未だに神経を使います。本番前は準備をして手洗いを行った後は、携帯電話等どこにも触りません( 笑)。
季節によっても状況が違いますが、とくに寒いのは苦手なので、指を濡らすと寒くて寒くて、、、。ただ冬場に演奏する機会が多くなるので、そこは頑張っています。逆に夏場は「グラスグロッケン」といってバチの奏法で音を出すことも行っているので、とても涼やかね!と言われます。
私は、マリンバやカリンバの演奏活動も行っていますが、手のケアなどいろんな段取りが難しくなるのでグラスハープは別枠で演奏することが多いです。
本番が近くなるとケガなどには特に注意をします。
オーケストラと共演されたそうですね。
グラスハーモニカ※が使われている有名なオーケストラの曲だとサン=サーンスの動物の謝肉祭より水族館、フィナーレが有名ですが、先日、秘曲と言われているモーツァルトの「グラスハーモニカのためのアダージョとロンド」という曲をさせて頂く機会がありました。
グラスハーモニカではなくグラスハープで演奏したこともあり、とても困難で超絶だったので曲を作り上げるのに数年かけて練習をしました。ただ、グラスハーモニカよりグラスハープの方が、音圧や音のスピード感など指先の微妙なニュアンスをコントロールできると思うので、より音楽的に演奏ができる可能性があると感じました。
実際オーケストラ(室内楽)で演奏をしてみて、圧倒的な音量の差がありましたので、すべての楽器の皆様に音量を落としてもらいソフトに丸く演奏して頂きました。どんなに頑張っても普通の楽器の音量にはならないので、そこはやっぱり食器なんですが、響きのアンサンブルはホールとの相性もありとてもよい音になったと思います。
これからも大切なレパートリーとして演奏し続けていきたいと思います。
※グラスハーモニカ:グラスハープの派生楽器になるが機構自体は全く異なる。
1757 年アメリカのベンジャミンフランクリンが、グラスハープを演奏し易く改良した「グラスハーモニカ」(アルモニカ)を発明した。現在でもアメリカで販売はされているようです。
演奏ができる状態にする準備も大変ですよね?
はい、とても準備は大変です。ただ私は「どんなところでも演奏ができる」という事を念頭に思っていますので、基本このセットをこのまま車で持ち運びします!
(え!聞き手ビックリ!毎回バラシはやらないんですね)試行錯誤の結果この形になりました。グラスもテーブルに固定していますし、スタンドや運搬のハードケースもすべて特注で揃えましたので、様々な現場に対応できるようにしています。車でいけない場所には別途トラベルセットの用意もあるので、機内持ち込みサイズで入るグラスを用意して、テーブルとスタンドは別送します。トラベルセットの場合でも約1 時間で準備ができます。
まだこのスタイルが確立されるまでは、グラスが割れてしまうなど問題もよくおきていて、今でこそこういった形に持っていけましたが、色々な経験をさせてもらいました。
実際に演奏していてグラスが割れる事は滅多にありませんが、割れてしまったら、ハイそれまでよ!です。予備のグラスは持っていく事もないので、胃腸が強い方でないとグラスハープ奏者は務まらないかもしれませんね(笑)。
グラスのお手入れについては?
やはり水アカであったり、手の汚れがついてしまうので、時を見てグラスを洗浄します。
この時に一番割ってしまう確率が上がりますが、よく磨き上げて綺麗に保つことも大切なポイントになると思います。
このグラスセットのこだわりを教えて下さい。
ドレミの配列は私のオリジナルになります。ピアノの鍵盤のように順番になっていても良いですし、奏者のスタイルによっていろいろとあるようです。
実はこのテーブルLEDが仕込んであり照明で変化できるようになっています。
演奏プラス、ファンタジーな演出をできるように工夫をしており、お花を添えたりして見た目の効果も大切だと考えています。先ほどグラスを固定しているとお話しましたが、ただグラスをテーブルに乗っかっている様に見せています。演奏して倒れないかな?と言われる事もあるので、「ご安心ください、倒れません」とMCで説明もしています(笑)
メディアにもたくさんご出演されていますね。
はい、いろんなテレビ番組に出演させていただきました。オンエア後、特にお子さんがお家でチャレンジしてみたいという事でたくさんの連絡を頂きます。教育現場からの問い合わせも多く特に印象に残っているのは、コロナ禍で卒業式での合唱が出来なくなり、テレビ番組で見てくれた6 年生達が「グラスハープ合奏をみんなでやりたい!」と総合や音楽や理科の授業で1 年がかりで取り組んでくれたことです(それも何校も!)私も特別授業に伺い、子ども達の素晴らしく透き通る奇跡のグラスハープ卒業演奏を幾つも見届けさせて頂きました。
今後の展望についてお聞かせください。
まずは、このグラスハープをもっと知って頂くためにも、ワークショップや演奏活動を充実していきたいと思っております。ワークショップでは音探し音作りなど、私が持っていく大量のグラスを使いチャレンジしてもらいます。画面の中で事が足りてしまう世の中ですが、自分で工夫して、変化するとか、音を操作するなど超アナログ的!しかも身近にある物なので手軽に始められるお家楽器です。小さなお子さんの世代に大変な事こそ「おもしろい」を伝えられるようにしたいですね。
1982 年「国際ガラスウェアショウ」でマリンバ打楽器奏者の高橋美智子さんが、おそらく国内初のグラスハープ演奏をされています。これから自分が未来へ繋げていけるものは何なのか考えながら活動を深めていきたいです。
● 大橋エリ プロフィール
国立音楽大学打楽器専攻卒。2008 年マリンバPOPアルバム「MARICOVER」でメジャーデビュー。
自作独学でグラスハープを研究し2015年キングレコードからグラスハーピストとしてデビューし新聞各紙で話題となる。
「ムジカピッコリーノ」「嵐にしやがれ」「天才てれび君」「ヒルナンデス」「東大王」「世界の果てまでイッテQ!」他
メディアに多数出演。全国でコンサート、イベント、ワークショップ、学校公演、特別授業など積極的に登壇。
グラスハープの伝道師として活躍中。