tucchie's Taiko Strange Story
つっちーの「太鼓奇談」第十二回|時代の変化にかかわらず大切なもの
※この記事は2016年7月10日発行「JPC 149号」に掲載されたものです。
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JPC会報をお読みの皆様、こんにちは。
毎度おなじみ太鼓奇談のお時間がやって参りました。
いつも丁寧な原稿依頼のメールを下さる編集部西尾氏曰く、
「この連載も12回目です。と言うことはもう三年も続いているということなのですね!いつもありがとうございます、これからもよろしくお願い致します!」いうメールを頂きまして、そうかもう三年も与太話ばかりたらたらと書いているのかと、諦めのような何とも言えない感情に苛まれてしまい、気が付くとツアーの疲れからかどっぷり深い眠りについていました。こんな与太話でも楽しみに読んで下さる奇特な読者の皆様がいらっしゃることでこの連載は続いております。先日も読者の方からお褒めのメッセージを頂きました。
豊澤様、ありがとうございました。今後共どうぞよろしくご贔屓にお願い申し上げます。
ツーことで、今回の太鼓奇談も例に漏れず何を書こうかどしようこうしようああしようとグダグダ悩んで、あっちうまに時間は流れて締め切り目前。重い腰をようやっと上げて、Macのキーボードに向かうも、何も浮かばず…。
いや、本当は書きたいこと一杯あるんだけど、どこからどうまとめようかと思案中なわけで…
この原稿は今、新横浜駅の新幹線乗り場待合室で書いていて、何でそんなところにいるのかというと、まぁ、アレですね。ツアーってやつでこれから神戸に行くわけです。
「で、おまいは一体何のツアーに潜り込んでんだい?」
「おいらかい?おいらは矢沢永吉さんの春ツアーに潜り込んでんだい」
「そらぁてえへんだなァせいぜい気をつけておくれよ」
「ありがとよぉ~んじゃちょっくらいってくらぁ」
てな訳で、五月のGW後に始まったツアーも神戸で終わりです。
今回も楽しく回らせていただきました…と書きたいのですが、心中複雑なものがあります。
ステージもバンドもクルーも、もちろんご本人も最高なのですが…。
それは熊本初日が終わって小倉へ移動した4月14日でした。昼間は小倉の古い市場を散歩し美味しいものを食べて、一休みの後、若手ツアークルーの部屋で集まって部屋飲みをしていた時でした。九時過ぎでしょうか、一斉に皆のスマートフォンから地震警報が鳴り響き、びっくりしていたところに大きな揺れが襲ってきました。正直かなり怖かったです。
その日の夜から朝にかけて、大きな揺れが何度も何度も襲ってきました。震源地は熊本。「これはひょっとして明日の公演は中止かもしれないな…」と思うほどです。大きな舞台というのは、天井から照明や緞帳を吊るためのバトンという棒がいっぱいぶら下がっています。大きな地震が来てしまうとこの仕掛けが使えなくなることがあるのです。パッと見て何も異常がないようでも、歪んでいたりすれば大事故の元。二次災害になってしまいかねません。でも、幸か不幸か小倉公演は無事開催されました。小倉のお客様ももちろん大盛り上がりでした。
もしかしたら、あのお客様の中にも熊本近辺で被災された方が居たのかもしれません。
僕らの目に、耳に飛び込んできたのはつい一昨日まで居た熊本の惨状です。熊本の初日は本当に素晴らしい初日で、お客様がみんな本当に楽しんでくれて、いい笑顔で大盛り上がりしてくれて僕らも嬉しくて楽しくてとても良い夜でした。
それが一夜にして…言葉もありません。
「なんで?ついさっき皆があんなにいい笑顔していたのに…」
「運命とはいかに残酷なものか」
と言葉では簡単ですが、本当に胸を締め付けられる思いでした。
そしてやはり真っ先に東北の東日本大震災を思い出し、僕は川内原発や玄海原発のことを考えてしまいました。
現地で住む家もなく、春先とはいえまだ夜は冷たい風が吹く中、辛い避難生活を強いられてしまう皆様に何一つしてあげられないこの無力感。
このままツアーを続けるべきか?矢沢さんご本人もステージ上でおっしゃっていたのを思い出します。
そんな時、必ず現地の皆様の声が届いてくるのです。
「ツアーを続けて、日本中に元気を持って行ってください!」
「やめないで!」と。
3.11の震災からこの国が失った一番大事なものはなんでしょう? いろいろありすぎてわからないけど、僕が感じるのは、「なんでもない日常」なのかなと思います。
東日本大震災以降、未だ不自由な暮らしを強いられている皆様、熊本でも。
肝心要の時に全く見当違いの政策に溺れる政府。
忸怩たる思いを抱きながら国会前でデモをする市民たち。
その市民を糾弾する人たち。人種差別、格差差別、ありとあらゆる差別が蔓延る
この国に辟易してストレスを抱えている国民。
しかも現実は日々の生活に追われ政治どころじゃないというのが本音でしょう。
僕は最近良く考えます。
人間同士、うまくやるにはどうしたらいいのだろう?
何で戦争ばかりやって金儲けと差別に明け暮れるのだろうか…。と。
「隣人を思いやる」その一つの心だけでどれだけの人々が救われるのでしょう?
どれだけの命が救われるのでしょう?
僕は特にこれといった宗教に入信しているわけではありませんが、世の中の神様たちはそういうことを広めるためにいるのでは? と思います。
東日本大震災で日本は大きな転換点を迎えたということは、前にも書いたかもしれません。それは当たり前の日常がいかに脆く、儚いものだということを思い知らされる。そういうことだったのかもしれません。
熊本の震災で阿蘇山の大分県側から伸びる活断層、中央構造線が活発に動き出してしまったら中国地方、四国や関西、東海、関東地方にまで大地震の危機が及ぶと聞きました。
そして太平洋側には南海トラフも横たわっています。
地震の影響で熊本の豊かで清らかな水源が、大異変を起こしているとも聞きました。とても心配です。
僕らがツアー初日を迎えた熊本市民会館は壊滅的な被害を受け、一年間の休館を余儀なくされてしまいました。
あの沢山の笑顔を観た場所があまりにも無残な様相を呈しているのは本当に胸がえぐられるような気持ちです。
しかし、熊本の人々は「負けないぞ!」と今、踏ん張っているところです。九州独特の負けん気の強さがそうさせているのでしょう。どうか無理をせず、お体に気をつけて復興していけることを祈るばかりです。
東日本大震災の被災者の皆様と熊本の震災での被災者の皆様へ改めて心よりお見舞いの気持ちを贈りたいと思います。
また熊本にいって、東北にもいって、素敵な音楽をお届けするお手伝いをしたいと思っております。
僕らにはそれしかできないので誠心誠意いい音楽を支えて、みなさまの住む街へ行ったり、音源の中で楽しいひと時を過ごしていただけるように。
さて、話はガラッと変わります。
先日初夏の陽気の浅草で蕎麦でも食べようかと、雷門近くの藪蕎麦に行き、すっかり満足して帰ろうかなと思ったのですが、何か忘れてねぇか?と考える事数秒…。
そうです。僕ら打楽器奏者には浅草寺と同じくらい大事な場所、JPCにお参りに行かなければなりませんw
打楽器界のジェダイ・マスターが集う寺院のような場所です。
実はみなさんもうご存知かと思いますが、ドラムシティの西尾店長が異動になりまして、現在はお店に出ておりません。
こう言うと年増の芸者がお茶引きで引っ込んだみたいな言い方ですが、老若男女の迷えるドラマーが教えを請いに訪れたのはジェダイ・マスター西尾店長の成せる技だと思います。
もちろん今では若きジェダイが店を取り仕切っているのだろうと、期待に胸を膨らませ久しぶりにゆっくり居座ってやろうかとドラムシティに入りますと…掃除機をかける見覚えのある方が…コレまたジェダイ・マスターの萬さんがいらっしゃるじゃありませんか! しかも「つっちーさんですよね!」とお声まで掛けていただき、そこから怒涛のように懐かしい昔話が大盛り上がりで時間はあっという間に過ぎていき、話が盛り上がって会計が全く進まないと言う、面白い事態になっておりました。
思えば僕は12歳の終わりに初めてこのお店に来てから、何度通ったことか…そのたびに食べていた花屋の焼きそばのパックを積み上げれば霞が関ビル位になっているのかもしれない…とw
(編注:花屋...正しくは花家。冒頭の画像の通り、建物はまだ残っていますが数年前に廃業しています....寂しい限り。。。)
もちろんスカイツリーなんて影も形もなく、今ほどメジャーな観光地でもなかったような気がします。35年ほど前の浅草はどこか淋しげでよそ者を受け付けない様な敷居の高さを感じていました。隣の上野は京成スカイライナーもあり、新幹線も停まるターミナル駅ですから、国内外の観光客が大勢押しかけてくるのですが、浅草はひっそりして、ちょっとアブない雰囲気、そう、映画に出てくる場末の繁華街、しかもちょっと怖いような、そんな雰囲気だった記憶があります。
なにせ子供の目なので勘違いもいっぱいあるでしょう。
今は若い人や各国のお客さんで賑わって、大川(隅田川)の向うにはカキワリのようなスカイツリーもどーんと突っ立てるし、なんだかオシャレな町並みになっちまったなぁと。
あのヤニっこい感じ、今はあんまり無いですね。
ホッピー通りも随分観光地化しました。
ツアーで地方に行く事が多い僕らはよくご近所さんのおばちゃんなんかに「あちこち行けていいわねぇ~」なんて言われることが多いのですが、最近はどこに行っても大都市は変わらないというのが本音です。
商業施設はみな同じ、スタバもアップルストアもあるし、タワレコやユニクロやZARAなんかも。何処行っても変わんねぇや…ってのが実感ですが、それでもちょっと裏路地入ればその土地の香りが濃厚に残っている場所があるものですね。
浅草寺の裏っかわにある、浅草温泉ってご存じですか? めっちゃボロい、いや年季の入った建物なんですが、いまボイラーが故障してて営業をお休みしてんだけど、いい雰囲気なんですよ。
一見さんがポイと気軽に入れるような雰囲気ではありませんが、いつかは入ってみたい場所です。
やばい、死ぬほど内容のない話になってしまいました。
いつものことですね。
閑話Q題。
先日、ボブ・ディランの新譜が手元に届き、部屋でじっくり聴く時間を過ごしました。
旧き好き時代のアメリカン・スタンダードをディランがカバーすると言うアルバムですが、コレがなんとも芳醇で、素晴らしい出来なのです。twitterにも書きましたが、最近の細野晴臣さんのサウンドにも通じるフィーリングがあり、心地よい時間を過ごすことが出来ました。
新しいことは何もしていないのに、とてもモダンで新鮮。
力が抜けきっているのに魂のこもった熱い想いが伝わる演奏と歌唱。老人にしか出来ない音楽、ロックンロールも老人の音楽に成熟したのかもしれません。
もちろん若者の為の反骨精神であることも大事です。
間口が広がったのでしょうね。素敵なことだと思います。
もう二枚素敵なレコードを紹介させてください。
一枚はジェイムズ・ブレイクの新作、「The Colour in Anything」です。どれだけ待ち焦がれたレコードでしょう。
三年ぶりのフル・アルバムは一聴するといつもの雰囲気ですが、ふと気が付くとものすごい進化を遂げていることに気が付いて、どんどん深みにはまっていきます。
エレクトロニカ、ダブステップと言われる音楽で今一番好きなミュージシャンです。
もう一枚は、言わずと知れたブライアン・イーノ。
元祖引きこもりの天才、音楽を冷気に浸した名作、music for airportはツアーで絶対に持っていく音楽です。
そのイーノの新作がまた素敵です。まだライナーや歌詞を追うところまで聴きこめていないのですが、第一印象でもう持って行かれます。タイトルは「The SHIP」です。
今年の一月に天国へ旅立った親友、デヴィッド・ボウイに捧げるアルバムだとも聞きました。
この二枚には生のドラムはほとんど入ってません、故に、難しいテクニックや難解な手順も入ってません。
ひたすらに音楽に浸って聴いてください。僕はプライベートな時間はいわゆるドラムセットが入っていない音楽を聞いてることが多いみたいです。やっぱり仕事でどんがらがっしゃんとやってるから耳が飽きちゃうのかなw
エレクトロニカや戦前のブギウギ、ジャズ、ブルーズなど、小さな音で暗い部屋でぼけ~っとしているのが一番の幸せだったりします。
みなさんも同じかなと思います。自分の居心地の良いベッドから抜けだして一歩外に出れば世知辛い世の中で…。
そんな時代だからこそ、見知らぬ人への思いやりのある振る舞いが大事なのだろうなと切に感じる今日このごろです。
知っている人ならなおさら大事に。
「袖すり合うも他生の縁、ココで出会ったあなたとわたしも何かのご縁じゃありませんか、いがみ合うよりお茶でも飲みながら話しましょうよ」てな感じで街中賑やかになればいいなぁなんて思いながら、今回の連載も見事に与太話というオチが付いたところで、お開きとしましょう。
それではみなさま、御機嫌よう。またこのページお会いできる日を楽しみにしております。
今年の夏は猛暑だそうで、お体にお気をつけ下さいね。
■つちだ“つっちー”よしのり プロフィール
1969 年生まれ。11 歳の頃YMOの高橋幸宏に衝撃を受けドラムを始める。現在はフリーのドラムテック&ローディーとして矢沢永吉、高橋幸宏(METAFIVE,YMO)、松本隆(元はっぴぃえんど)、林立夫(TinPan)細野晴臣、[Alexandros]、ゲスの極み乙女。星野源、などのツアーやレコーディングに携わっている。
自身のバンド254soulfoodでは地元のクラブ鶴瀬パオパオで定期的にLIVEを行っている。
プレイヤーとしての参加作品はHARRY「BOTTLE UP AND GO」本園太郎「R135 DRAFT」「torch」など。
蕎麦と落語と読書に酒、煙草好きの堅太り。
執筆者:土田 ”つっちー” 嘉範