From the percussion room of the world
世界の打楽器部屋から Vol.26|ブルガリア共和国・スタラ・ザゴラ 氏家厚文
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ブルガリア在住の氏家厚文と申します。大学卒業以来すっかりご無沙汰していたJPCに十数年ぶり(!)に伺ったことがきっかけで、思いがけないことで大変恐縮ながらこの記事を書かせていただいています。
首都ソフィアから200kmほど離れた人口約13万人の街スタラ・ザゴラに住み始めて4年余り。現在は歌劇場のオーケストラで演奏しながらこちらの音楽を楽しんでいます。まだまだ知らないことだらけですが、奥深い文化を持つブルガリアでの生活を満喫する毎日です。ブルガリア生活についてご紹介したいことはたくさんあるのですが、今回は私の身の回りの音楽や打楽器にまつわることに焦点を当てていきたいと思います。
●渡欧のきっかけ
これまで、イギリスに行ったりイタリアに留学したりと、日本とヨーロッパを行き来していましたが、最初に渡欧したきっかけは「パイプ&テイバー」という、片手で笛、もう一方の手で太鼓を同時に演奏するヨーロッパ各地に古くから伝わる楽器を学ぶためでした。
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この楽器はリズムとメロディーを一人で演奏できるため、踊りの伴奏に重宝されてきました。
これまで私が出会った名人たちは国を問わず踊りに精通している方が多く、踊りを理解しているか否かで演奏がいかに変わるかを常に教わってきました。
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なお、ブルガリアではパイプ&テイバーは伝統的に使われておらず、もともと職場の歌劇場にはこの楽器を知っている人はいなかったのですが、時々歌劇場内外の公演で演奏したり、テレビで紹介させていただいたりしています。
●ブルガリアのステップとリズム
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ブルガリアで働き始める前に、カタルーニャのパイプ&テイバーの名人であるカルロス・マスさんより「どこに住んでいてもその地の踊りを踊るように」と助言いただいたことが心に残っており、こちらに来てスタラ・ザゴラ役場の民俗舞踊チームのメンバーと知り合った際に、迷わず仲間に入れてもらうことにしました。
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ブルガリアの音楽は5拍子、7拍子…といった拍子のものが多く、9拍子も2+2+2+3のようにリズムを取るなど混合拍子三昧です。初心者の私にとっては苦戦することだらけですが、幼少期からこれらのリズムに親しんできているチームのメンバーがいとも簡単にステップを踏む姿にはいつも圧倒されます。
●民俗舞踊チームの練習と公演
ダンスの練習場所は役場のロビー。
基本月曜日と水曜日の週2回、役場の業務が終わる17:30過ぎから19:00まで行われます。私はオペラの夜の公演やリハーサルと重ならない日に参加しています。職場である歌劇場から徒歩5分ほどのところにあるので、仕事の後に直行することもしばしばです。
日々の練習の成果はスタラ・ザゴラ市内や近郊の村での行事や、ブルガリア国内外での公演で発揮します!
●ブルガリアの太鼓「タパン」
ブルガリアの音楽や踊りのリズムには「タパン」と呼ばれる太鼓が欠かせません!
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こちらに住む上でやりたかったことが、踊ることの他にもうひとつあります。ブルガリアのバグパイプ「ガイダ」です。私のガイダの先生、クラシミール・パンチェフ(クラシ)さんは、ガイダを指導する際、ガイダの演奏だけでなく、タパンの演奏や踊りの実演を交えて曲に適したテンポを示してくださいます。
ブルガリアでも多くの民俗音楽の器楽奏者が歌や踊りもできるとのこと。
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タパンは、左右異なる形状のバチを用いて両面を演奏します。
踊る際にタパンに乗ることもあるため、頑丈にできているそうです。実際に乗って見せてくださいました。
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●伝統行事の中の楽器たち
先日、スタラ・ザゴラでクケリのお祭りが行われたので少しだけご紹介したいと思います。
大小さまざまな鐘をつけ毛皮や仮面をまとった人たちが、怖い姿と鐘の大きな音で悪霊を追い払い練り歩くというものですが、ここでもタパンやガイダが活躍していました。
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また、1月の神現祭では冷たい川の中に入る習慣があり、そこでもタパンとガイダを鳴らしながら踊るそうです。ぜひ行きたいと思っているのですが、近年はバレエのツアーが12月から1月頭にかけてあり、そちらと重なるため未だ実現していません。クラシ先生から今年演奏された際の写真をいただいたので、こちらもご紹介します。
●歌劇場での仕事や生活について
これまでブルガリア特有の音楽や楽器について紹介してきましたが、職場である歌劇場のオーケストラでは主にオペラ、バレエ等のクラシック音楽を演奏しています。
時期、演目によってまちまちではありますが、公演は週に1~2回ほど、リハーサルは午前のみ、午後のみのこともあれば、午前と午後両方行われることもあります。基本の出勤日数は週5日ですが、実際は5日も出番がない週も。
スタラ・ザゴラの市内は、大抵のところは徒歩30分あれば行くことができ、多くの同僚が歌劇場の近くに住んでいます。そのため午前と午後のリハーサルの間には一度帰宅する同僚も多いです。なお、私の自宅からは歌劇場まで徒歩15分ほどです。
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また、湖、山、森などが徒歩圏内にあり、自然に囲まれています。こちらの人たちは散歩が大好きで、時間があれば誘いあって散歩に繰り出しています。
私の場合は、リハーサルが午前で終われば踊りに行き、午前が空いていれば散歩に行き、午前と午後にリハーサルがあり帰宅しない場合は歌劇場でガイダを練習する、という具合で、比較的ゆったりと毎日過ごしています。
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多くの人がこの公園で散歩します。
また、こちらに来て驚いたのがリハーサル中の休憩の多さでした。最初は1時間リハーサルして15分休憩、その後は45分リハーサルする毎に15分休憩が入ります。最初は「もう休憩なの!」なんて思うこともありましたが、今となっては「休憩まだかな~」と45分経たないうちから感じるになってしまうから不思議です(笑)
夏には野外公演が多くなり、ここ2年は前述の通り12月から1月頭にかけてオランダとドイツにバレエのツアーに行っています。
●歌劇場の楽器について
私が主に担当する楽器ティンパニはジャーマンスタイル。我々の歌劇場に限らず、ブルガリアでは全体的にジャーマンスタイルが主流のようです。
今では4台のティンパニが揃っていますが、最近まで何十年も2台のみで演奏していたそうです。
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楽器はドイツ、オランダ、オーストリア等、ブルガリア国外に注文することが多いです。楽器、マレット問わず購入する前に試奏できることは残念ながらほとんどありません。
また、修理に出すにも遠方のため気軽にできないので、可能な限り自分たちやオペラの技術スタッフの方でやっています。
冬のバレエのツアー中にアダムスのバスドラムにトラブルがあった際は、不幸中の幸いかオランダにいたため、直接アダムスの方に助けていただくことができました。
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大小さまざまな劇場で約30公演、2人で全ての楽器を演奏します。
●おわりに
今回久しぶりにJPCに伺ったきっかけは、上記の通り気軽に楽器を買いに行くことができない同僚からマレットのおつかいを頼まれたことでした。日本では楽器もバチも実際に見て、音を出して選ぶことができるという話をするととても驚かれます。
私は現在ここスタラ・ザゴラの緩やかな時間の流れの中で、自然、音楽に囲まれた穏やかな日々を送っています。周りの人に恵まれ、海外生活にも関わらず困難を感じることなく過ごせていることには感謝しかありません。
この記事を書いていると、ここにJPCがあれば!なんて思ってしまいますが、あれもこれも求めてはいけませんね。
生活も音楽も日本とは一味違ったブルガリアのリズムに、引き続きどっぷり浸かっていこうと思います。
告知
毎年秋に神楽坂で行われる「神楽坂化け猫フェスティバル↗️」のパレードでパイプ&テイバーを演奏しています。
参加者は常時募集中。初心者大歓迎!
最新情報は日本パイプ&テイバー協会のページにて:https://pipe-tabor.jp/↗️
氏家 厚文 Atsufumi Ujiie プロフィール
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国立音楽大学在学中に国内外研修奨学生としてオックスフォード・シャレミー夏期講習会にてパイプ&テイバーの奏法を学ぶ。ミラノ市立音楽院古楽科リコーダー専攻卒業。ミラノ・スカラ座研修所20世紀室内楽研修課程修了。同研修所より奨学金授与。ソリストとしてF. スッパ指揮サン・ジョバンニ・ボスコ吹奏楽団とD. リバス作曲「サヤグエサ組曲」をイタリア初演する等管弦楽との共演の他、英国パイプ&テイバー国際フェスティバル等の国際音楽祭や、英国放送協会、イタリア放送協会、ブルガリア国営テレビ等のメディアに出演。第4回フィラデルフィア国際音楽コンクール打楽器部門第2位、木管楽器部門第3位。リング・アラウンド四重唱団とともにCD「フロットーレ~イタリア・ルネッサンスの世俗歌曲集」をナクソス・レーベルよりリリース。現在スタラ・ザゴラ州立歌劇場管弦楽団首席ティンパニ奏者。日本パイプ&テイバー協会会長。
執筆者: 氏家 厚文