From the percussion room of the world
世界の打楽器部屋から Vol.22|中華人民共和国 四川省 福井沙季
世界各地で打楽器人生を謳歌する日本人にスポットを当てた人気シリーズ。 今回は中国「四川交響楽団」首席打楽器奏者として活動されている、福井沙季さんにご寄稿いただきました。
※この記事は2023年1月発行「JPC 175号」に掲載されたものです。
現地情報
- 国:中華人民共和国
- 地域:四川省、成都市
- 生活言語:中国語、英語
- 日本との時差:-1時間
皆様初めまして。
現在中国四川省成都市在住で四川交響楽団の打楽器奏者をしている福井沙季です。まさか学生時代から長年お世話になっているJPCの会報に私の奮闘記を掲載していただけるなんて夢のようです…。
ちなみに先日、JPCのVIPカードを受け取った時はめちゃくちゃテンションが上がりました。と同時に一体私は何回ここでの課金の為 にクレジットカードを止めてもやしを食べ続けいたのだろう…とエモいとはちょっと違うけどそんな自分の笑い泣きいっぱいの10年をフワッと振り返っていました。そしてその10年中、最後2年がなんとも私にとって濃く何よりこの中国に来るきっかけになった時間です。そんなことにもちょっと触れながら現在の中国の打楽器事情をお伝えしたいと思います!
●そもそも中国行きのキッカケは?
先ほどお話しした最後の2年間、ここで私は中国行きとこの国のオーケストラに就職することを決めました。ですがそれまでの私は高校から大学まで専攻はずっとマリンバ一本。オーケストラ聴くのは好き!かっこいい!ちょっとやってみたい!でも私にはそんなチャンスもキャリアも技術もないから細々と楽しくマリンバ弾けたらオッケー…と言うところで大学の先輩から「お前、この日空いてる?中国のオケなんだけど(運命の出会い)」とエキストラ出演の連絡が。そこから話は進み、オーディションを受けて今に至ります。この時の最初の中国の 印象は「お、思っていたよりトイレが綺麗だぞ…でもやっぱウォシュレットが恋しい…結局日本LOVE」でした。
●中国のオーケストラってどんな感じ?
では実際にどんな生活かと言いますと、リハ当日にならないとわからないことが多いです。と言うのは曲順、1曲に割 り当てられる時間割、日によっては何の曲のリハかすら知らされていないこともしばしばあります。つまり何の楽器が必要で、何人奏者が必要なのかも不明。大体合奏開始の5分前に全部の楽譜が揃うのでそれらを血眼で振り分けるところから私の1日は始まります。何故このような事態になってしまうのか主な原因を考えたのですが、これは団のスケジュールが不確定な為だと思います。コロナ禍の中でも少しずつ日常生活を取り戻している日本や欧米諸国に対してコロナの影響をまだ多く懸念している中国では少しでも感染者数が増えると全てがストップしてしまいます。その影響で私たちのスケジュール管理も変動的になってしまうからです。このように振り回されてば かりいると虚無感に襲われたり不満も溜まってくるのが本音ですが、おかげさまで初見には強くなれると信じて前向きにトライ中です…。
コンサートは月1.2回定期公演が週末にあってそれに向けてリハを3.4回行います。他には ツアーのお仕事が入ったり室内楽の演奏会も実施されたりしてなかなかアクティブな期間もありました。 演奏時間は定期演奏会なら毎回約90分~120分程度で、内容によっては60分くらいで終わることもありますがこの前の演奏会ではGPでも弾いていたアンコール曲を演奏することなく終わりました。でも私自身演奏会当日にプログラムが増えたり減ったりすること結構よくあるのでもう慣れつつあります。(笑) あとはお客さまの反応が興味深いです。正直日本よりはるかにマナーは良くないです。例えば交響曲の楽章間で拍手が起こることは毎回ありますし、酷い時はパシャパシャ写真や動画を撮る人もいます。でもそんな時はその対象のお客さまに向かって赤いレーザーポインターが飛び交います。そうするとすぐに静かになり、更に最近ではあまりそのような場面を 見かける事は少なくなってきました。来た当初はかなりびっくりしましたがあのレーザーポイ ンターの効果は抜群だと思います。この光景もきっと中国でしか見られない光景の一つなのではないかなと思います。
●ホールが変?
成都にあるホールは比較的綺麗で響きもちゃんとあるのですが、一度田舎の方へ行くと途端に全てのドアが消えます。外観はとても立派な印象なのに舞台袖、楽屋などはカーテンで仕切られているだけだったりと、何故この構造にした????という場面に遭遇することが多いです。
とにかく冬はそれが寒い…。舞台と外が筒抜け状態な ため、緊張ではなく寒さで手が震えながら演奏したのはこれが初めてでした。
●楽器の種類や状態は?
私たちが所有している楽器はほとんどがADAMSです。最近は伴盤楽器や大物楽器を中心に新しい楽器が届き始めていますがシンバルを除いた全てがADAMSでした。また楽器常設タイプのホールもADAMSやPearlが多かったです。
私自身はこのメーカーのこの楽器でないと嫌!ってことはほとんどないのでこの辺なんでも良いのですが銅鑼に関してだけは本場凄いかも!!!!!とこの前初めて思いました。何というか書き方が上手くないのですが音が深くて低音の鐘み たいなめちゃくちゃ良い感じの銅鑼に会えた時は感動しました。あれは凄かったです…。
あとはお馴染みのチャイニーズ ゴングは至る所に売っていますし、中国の伝統太鼓で板鼓 (ばんこ)は大きさの違うものが何個もあります。また鐃釟(にょうはち)と言って中国のシンバルもありますが、所謂アーティザンのような豪華で大きな効果音をもたらすというよりも 少しおどけた雰囲気の賑やかな場面で使われることが多いように感じます。本場のチャイニーズゴングと板鼓でTrio per Unoなど演奏できれば中国風に仕上がって面白そうだなあと思っているのでいつか挑戦してみたいです。
●楽器やマレット、楽譜の購入が難しい?
最近わかったのですが、どうやらJPCのような大型の打楽器専門店は北京や上海のような大きな都市にしかないようでしてこれがまた大変です。
もちろん海外への注文も不可能ではありませんが素材によっては税関を通るのが難しいようでそもそもリスクがあります。
また楽譜類も場合によっては没収されてしまうことがあるので ショスタコーヴィッチのスコアなどどうしても紙媒体でしか手に入らないものは日本に帰国した時に買うようにしています。こんな時に有難いなと思うのがPDF楽譜ですね。実用性を感じたことは今まであまりなかったのですがこの環境になって改めてそう思います。
●最後に
改めて自分の文章を見返してみるとかなり不満たっぷりに現状をお伝えしてしまったのですが本音と現実なので後悔していません(笑)
でも悪いことばかりじゃないです。食べ物は美味しいし、成都人の方々は関西人みたいなおしゃべりで優しい人が多いので 助けられることがほとんどです。
日本人だから嫌な 思いをしたとかそう言う事はこちらに来てから一切ありませんし、何より音楽においてトライアンドエ ラーを続けられる場所は自分にとってプラスでしかないです。また練習環境が整っているの も本当にありがたいことです。だからこそしんどいことも多いですが、今はこの与えられた環境で吸収をできるだけしてひたすら歩みを止めない。これだけに集中して2年目の成都ライ フもなるべくエンジョイしたいです。 せめて2日前に楽譜くれるようになったら7割エンジョイできるはずなんですが…(笑)最後 までお付き合いいただきましてありがとうございました。
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福井沙季プロフィール
京都市立京都堀川音楽高等学校を経て武蔵野音楽大学ヴィルトゥオーゾ学科へ進学。
第20回KOBE国際コンクール C部門 打楽器 優秀賞、神戸市民文化振興財団賞受賞。 第19回松方ホール音楽賞 打楽器部門 奨励賞受賞。 第21回JIRA音楽コンクール マリンバ部門 第3位(1位なし)。
これまでに安藤芳広、伊藤朱美子、沓野勢津子、宅間斉、吉原すみれ の各氏に師事。 現在中国四川省成都市にある四川交響楽団の打楽器奏者として活動し ている。
執筆者: 福井沙季
編集:JPC MAG編集部