From the percussion room of the world
世界の打楽器部屋から Vol.18|フィンランド・ヘルシンキ 安田直己
世界各地で打楽器人生を生きる日本人を追いかける人気企画。 今回は北欧・フィンランド放送交響楽団で副首席ティンパニ奏者を務める、安田直己さんにご寄稿いただきました。
※この記事は2022年1月発行「JPC 171号」に掲載されたものです。
現地情報
- 国:フィンランド
- 地域:ヘルシンキ
- 生活言語:フィンランド語
- 日本との時差:-7時間(サマータイム時-6時間)
フィンランド放送交響楽団副首席ティンパニ奏者の安田直己です。少しですが私がフィンラン ドに行きついた経緯、こちらでの音楽事情、生活などを綴りたいと思います。
●フィンランド放送交響楽団(以下フィンランド放送響)に入団するまでの経緯
京都市立芸術大学大学院を修了後、兵庫芸術 文化センター管弦楽団に入団し、3年間コアメンバーとして活動しました。当時海外で活動する事は全く考えてなかったのですが、メンバー の半分が外国人という環境で彼らとコミュニ ケーションをとるうちに心境も変化し、国内だけでなく海外のオーディションも受け始めるようになりました。
私は留学経験がなく、居住地が日本だったこともあり、海外からのオーディションの招待状はなかなか届きませんでした。そうした中で北欧はチャンスがありそうだという話を聞き,とりわけフィンランド放送響はDVD審査があったため書類審査で落とされず、オーディションに呼ばれ、採用が決まりました。もともと北欧には良いイメージがあり,フィンランドの他にスウェーデンも受けましたし,他にもアメリカやカナダにもアプローチしていましたが、選択基準は自分がその国に暮らしてみたいと思えるかどうかという点でした。フィンランド放送響には2014年から所属し現在に至ります。
●ヘルシンキでの日常生活
日照時間の短い冬の暗さはなかなかにつらいですが、それを除けばヘルシンキはとても住みやすい町です。言語はフィンランド語ですが多くのフィンランド人が英語を話せますし、日常生活に困ることはありません。(10年以上住んでいるのにほぼ英語だけ話して生活してる人たちもいます(!))ただ、メールや文書等はフィンランド語ですし、フィンランド社会に深く関わっていけばいくほどやはり必要になります。 私はというと、普段はなるべくフィンランド語を話すようにし、どうしても分からない時や大事な話の時には英語を話すようにしています。
●日頃のオーケストラの仕事について
フィンランド放送響は2011年にできたヘルシンキ音楽センターを拠点に、ほとんどのリハーサルと本番をそこで行っています。シーズン中は毎週定期公演があり、その合間にレコーディング、また(コロナ禍で今シーズンはありませんが)海外公演も年数回あります。 リハーサルは通常2 、3日で、休憩を入れて1日4時間ほど。それで毎週大曲やかなりの頻度で現代曲も演奏するので、慣れるまでは大変でした。そのかわり土日を始め、年末年始、 約2ヶ月の夏休み、2月頃に1週間のスキー休み(!)と休暇も充分に確保されています。 オケにはティンパニ奏者と打楽器奏者がそれぞれ2人いて、私の担当はティンパニですがもう1人のティンパニ奏者がティンパニを担当していてかつ3人以上打楽器奏者が必要な場合打楽器も演奏します。
●オーケストラでの打楽器の主な楽器 構成
クラシカルな曲目のみの公演はティンパニのみ、それに加えよく使われる大太鼓、シンバ ル、小太鼓などが舞台に置かれますが、現代音楽や委嘱作品などがある週は上記の楽器に加えて、何かしら伴盤楽器や特殊楽器が舞台に上がっているという状態です。プログラムに現代曲が2、3曲ある週は舞台に並べる打楽器が多すぎて転換が出来るのか、 そもそも舞台の上に全部乗るのか、といった問題にいつも頭を悩まされています。
●使用楽器について。打楽器の購入や調達の方法
ティンパニはGünter RingerとHardtke がそれぞれ5台あり、ほとんどの公演をどちらかで演奏しています。またベートーベンやモーツァルトなどの古典派作品では トランペットやホルンがバロック楽器を使用する事が多く、ティンパニもWiener Paukenwerkstattの小ぶりのシュネラー ティンパニを使っています。 楽器庫にPremierもありますが特殊奏法等で本皮で演奏したくない時などに使用しています。
打楽器は大太鼓はKolbergとLefimaの2台、シンバルはZildjianやSabianを主に使っています。 シロフォンはConcordeというメーカーを使っていますが、入団当初どうもKorogi社のものと似ている、というかロゴ以外全く同じ作りで不思議に思い調べてみたらそれもそのはず、 ヨーロッパで流通しているKorogi社のシロフォンはConcordeという名前で売られているのです。シロフォンは他にもAdamsを所有していますが、温かみがあり且つしっかり存在感もあるConcordeを同僚も気に入って使っています。あと、マリンバはMarimbaOne、グ ロッケンはFall Creekがメインに使用している楽器です。
マレットは、それぞれ奏者が気に入っているものを使ってる印象が強く、特定のブランドを皆が使っているといったことはあまりないです。ただ、日本ブランド(PlaywoodやSaito 等)のマレットの評価は 高いように感じます。私はというと、KappertやCymbo、 Kaufmannのティンパニマレットを主に使用しています。
オケで必要になる楽器は直接メーカーに注文して購入することが多いです。例えばフィンランド放送響で使用しているスタンドはKolbergが大半ですが、Kolberg社に直接コンタクトをとってスタンドを購入し送ってもらいます。 また、ヘルシンキには社長がプロの打楽器奏者で数年前からようやく店舗を構えるようになった打楽器専門店があり、小物楽器やマレットなどは彼 (社長)からよく購入しています。彼はスネアドラムや小 物楽器、その他スタンドなども作っていて、以前Fall Creekのグロッケンに合うスタンドを作ってもらったり、 ティンパニマレットスタンドの下に付けられる小物置きなどもサイズを伝えて作ってもらったこともあり、困った時に助けてくれるドラえもん的存在で頼りにしています(笑)
フィンランド生活8年目になりますが、治安も良く、音楽 を演奏する上で何不自由なく恵まれた環境にいられることに満足しています。日本での生活が全く恋しくない と言えば嘘になりますが、これからも信頼の出来る同僚 たちとともに、より良い演奏を求めて挑戦と反省を繰り返しながら、日々精進していきたいと思っています。
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安田直己 プロフィール
京都市立芸術大学卒業。同大学院を首席で修了。 (公財)青山財団の助成を受けベルリン、ウィーン、ストックホルムにて研鑽を積む。兵庫芸術文化センター管弦楽団ティンパニ・打楽器奏者を経て、2014年にフィンランド放送交響楽団入団、副首席打楽器奏者を経て、現在副首席ティンパニ奏者を務める。2008年、京都・青山音楽記念館でソロリサイタルを開催し、青山音楽賞新人賞を受賞。2017年度京都市立芸術大学音楽学部非常勤講師。2019年、「Korean Orchestral Percussion Symposium」に招かれ韓国ソウルにてティンパニレクチャーを行う。2019年より「平昌(ピョンチ ャン) 音楽祭(韓国)」にティンパニ奏者として出演。日本や韓国、フィンランド各地でマスタークラスを行う。 これまでに打楽器を伊藤朱美子、山本毅、種谷睦子の各氏 に、ティンパニをM.Vladar、W.Welzel、J.Kapanekas、 B.Flas の各氏に、ドラムをクツノユキヒデ氏に師事。
執筆者: 安田 直己
編集:JPC MAG編集部