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開発担当者が語る「鉄と向き合った5年超! K.M.K オリジナル・トライアングル 誕生までの道のり」
コマキ通商株式会社として初めて取り組んだ、オリジナル・トライアングル開発。200 点を超える試作、そして5年の歳月。
知識ゼロベースから始まった開発は紆余曲折。
そんな、K.M.K オーケストラトライアングル完成までの道のりをレポートします。
テキスト・写真:コマキ通商株式会社・内山洋樹
■開発のきっかけ
NHK交響楽団の打楽器奏者、黒田英実さんからのご依頼で、「楽団のトライアングルが音色は一番良いのだが、今後経年劣化で音の伸びが悪くなる恐れがある。何か替わるものを用意してもらえないか?」というお声がけがありました。
当時の弊社の用意できるものが、スタジオ49、アラン・エーベルといった、25年以上コンスタントに販売してきたものに加えて、グローバーがブロンズ製のラインナップを増強していたタイミングでした。
その「楽団のトライアングル」がどんなものかお聞きすると、ラディック製の1辺8インチサイズ、鉄製で表面にメッキが施されたもので、80年代以前の個体であることがわかりました。トライアングルとしては特段に工夫をしている仕様ではなく、「ごく普通の良い音のするトライアングル」と言えると思います。しかし、思い巡らすと、ここ10数年各社から発売されているトライアングルの新製品は、このような「鉄製」のものはほとんど無くて、ブロンズ製だったり、何かの合金的なものであったり、「ひと工夫」をしているようなものばかりで、それらは個性的ではあるものの、どれも「倍音が豊か」という特質を謳ったものばかりでした。
例えばドイツのタイン製のトライアングルは、いわば「ブロンズ製の頂点を極めた」楽器として有名ですが、超高級な価格帯に加えて、1辺1辺が内側に反り返ったきわめて特徴的な形状は、特に印象に強く残りますね。あの楽器が業界でどんな評価を受けているか調べてみると、総じて高評価である一方、「使える場面はとっても限られちゃうんです」「あの倍音がくせ者で」といった、使いにくさを感じられている方が意外に多いこともわかりました。で、結局何を使っているかと聞くと、「古いラディック」と答えるプロオケのなんと多いことか。彼らの意見は総じて「この当たり前の音が耳にもオケのサウンドにも、もっと言うと弦楽器奏者のみなさんの耳にも、一番馴染んでるんです」といったものでした。
舶来品の楽器のことを話題にすると、「あの音はあの時代の、その地域で流通していた素材を使って、あの空気の中で作ってこその音色なんだよ」といった具合の都市伝説は、どんなジャンルにもある言い草と思いますが、長年この世界に携わっていると、このありきたりの言い草は果たしてどこまで真実なのだろうかと、疑問を抱くようにもなっていました。そもそも鉄について自分がどのくらい知っているか、ということすらあまり分かっていない事にも気づきました。さあ、研究開始です。
■鉄のことを知らないと知った、開発初期
鉄の世界はとにかく深淵。歴史も長く、鉄の歴史を紐解く書籍も多数存在していますが、「鉄と音」をテーマとした書籍や著述にはなかなか出会えません。鉄製品メーカーの研究サイトにたまに言及があったりしますが、科学的な研究は最終的に「音質の評価」には至っておらず、そこは音楽家や愛好家に「委ねられている」場合がほとんどでした(そういう研究書などに詳しい方がいらっしゃったら是非教えてほしいところです・苦笑)。なので、試作は結局手探りの船出となったのです。
多くのメーカーが謳っている鉄のトライアングルの素材は「鉄」とか「鋼材」「炭素鋼(カーボンスティール)」など、統一されたものは無いですが、鉄素材を響くようにするには「焼入れ」することがマスト!ということは分かっていました。そして焼きが入る鉄=炭素鋼ということも図書館などで読み漁って情報としては得ていました。
そもそも、焼き入れとは鉄に硬さを実装するための技術で、日本では古くは刀鍛冶が切れ味を良くするために発展させたそうですが、それが音色にどんな効果をもたらすのかは、全くもって不明。初めは「物質の振動がよく伝わる物性=硬いもの」という仮定から、炭素鋼をどこまで硬く出来るか?を試すことにしました。実製作は、区役所の「ビジネスサポートセンター」で紹介していただいた、同じ区内の町工場さんが、非常に協力的に対応してくださいました。
■音作りが始まる
初めはとにかく硬くすることを主眼に、曲げ加工が可能なぎりぎりの硬さまで高度を上げました。しかしその音色はトライアングルの音色とは程遠く、サスティーンも短ければ音色も鈍い。因みにラディックの個体は丸棒の直径が約12.4mmで、国産の鉄鋼材にはそんな中途半端な太さの仕様はありません。なので、開発当初からその両側のサイズである「12mm」と「13mm」の2種類で進めて行きました。これがそのまま最終的な製品の太さにもなりました。
硬度の設定を5度刻みで複数作ると、どうやら「硬いほど良い」という仮説が覆っているのが分かってきました。段階的に硬度を変えたサンプルを黒田さんにお見せした際も同じような印象のようで、「硬い鉄の方が素材の芯まで振動が届いていないような感触ですね...」と、イマイチの評価。これが方向転換の機会となりました。ただし、焼いていない「生」の材料では全く響きが生じない。今度は焼入れから高度を戻していく工程に入ります。
焼入れ前の材料の硬度と、焼入れ後の硬度がどんどん近づいていきました。焼入れ工場からは「硬度に差が出ないのに、これって意味有るの?」という意見が出たりもしましたが、音を比べてみると、その差は明確。その時点で僅かに焼入れ前より硬い状態で仕上げたものを黒田さんにお見せすると、「もう1段、硬度を下げられませんか?」というご要望。するとそれは、焼入れ前の硬度と全く同じになるということ。工場の方もそれを聞いて首を傾げていましたが、それでも技術的には可能ということで、やってもらうことに。そうして出来上がったものが、現在製品化されたK.M.Kトライアングルの原型となる個体でした。ここに至るまで、4年程の間に作り溜めたサンプルの数、なんと200超。
■鉄と錆
表面の仕上げに関しても、様々な議論がありました。鉄はとても便利な素材ですが、一方でずっと酸化=サビと戦ってきた素材でもあります。技術の進んだ現在であっても、音を損なわずに「防錆」する方法は限られています。サビさせないためにはメッキが一番ですが、これは鉄の響きをある程度ミュートしてしまいます。「音を損なわずしっかり防錆する」方法は無いことはないですが、安全面で難のある薬品を使わなければならないので、現実的に採用は難しい。黒田さんと試作を進める中でも「何か良い方法は無いですかね?」という相談は幾度となく繰り返されました。サンプルは何も表面処理していない「焼きっぱなし」の黒くくすんだ状態のものも有りましたが、やはりメッキのものよりも良く鳴り、繊細さも有り高次倍音も豊かです。しかし、学校現場で長期間放置され、久しぶりに出したらサビが出まくっていた、なんて事態は好ましくない。「音を取るか、使いやすさを取るか」この両者の間での逡巡が続きました。そこにきっかけを下さったのは、その相談の際にたまたま近くにいらしたティンパニストの久保昌一さんでした。試作のサンプルを試しながら、とても良い評価をいただきつつ「音のためなら、多少使いにくいものでも出すべきですよ」というお言葉。とても勇気づけられました。
■たどり着いた最終サンプル
最終サンプルで、黒田さんのご提言から、焼入れ前の硬度まで戻すことで音色や鳴りは格段に良くなり、メッキを施してもその音圧はほぼ影響を受けないところまで来ました(音色の変化はあります)。そして仕上げはメッキ(素材は被膜を薄く出来るニッケルを採用)、そして素材表面を研磨した後に酸化皮膜を作る「焼付け」の2種類を、棒直径12mmと13mmの2種類に施す全4種類の8インチサイズに決定しました。
黒田英実さんからのコメント
K.M.Kトライアングルの完成、おめでとうございます。
現在も私の職場で使っているトライアングルはとても良いもの(*)で、音色がすでに「楽団の音色」として定着しています。しかし金属の楽器なので、この先サスティーンが伸びなくなって、そのうち使えなくなるのでは?という不安がずっとついて回っていました。金属の専門家の先生にお聞きして「金属疲労」が進行していることもわかりました。
こういう状況ですから、常に良い楽器を探してきたのですが、なかなか良いものに出会えず、そうであればいっそ作ることは出来ないか?という思いが湧いてきました。日本の鉄鋼技術は世界に誇れるものだと、常々思っていたので、是非国産の楽器を演奏してみたいという思いもありました。そこで内山さんにお声がけしたのが2017 年頃だったと思います。
それから1年くらい経った頃から、少しずつ試作品が届き始めました。初期のサンプルは正直、「ただの鉄」という印象でした(笑)。焼戻しの温度等を色々工夫していただく中で、段々と良いものとなっていく過程は、試奏していてとても楽しい経験でした。形状を少し変えただけで一気に響きが悪くなってしまったり、コーティングの仕様でも全く響きが変わってしまったりと、驚きも多かったです。
トライアングル製造のカギとなる工程の「焼入れ」についてはとても興味が湧き、内山さんにお願いして見学にも行かせていただきました(恐らくこんな機会が無ければ一生拝見することも叶わなかったでしょう)。実際の製造現場で状況を直接見てお話したかった。工場の皆様がとても温かくご対応くださり、ありがたかったです。
K.M.Kトライアングルは、イメージする音色にもよりますが、基本的に幅広いシーンで使えると思います。叩く角度や位置で音色がしっかり変わるので、とことんこだわる方におすすめです。音色には個体差があるので、可能な限り叩き比べて、是非お気に入りを見つけていただけたらと思います。
■町工場との開発と、今後のものづくり
ここまで開発を進める中で、協力してくださった加工工場さんはとても良くしてくださいましたが、一方細分化された町工場のネットワークが以前のようには成立しづらくなっている現状も垣間見えました。この前まで依頼できていた加工が、「あそこ廃業しちゃったんだよね...」というケースが、この5年の間に複数回発生したのも事実。そしてどこの工場も実働しているのは皆ご高齢の(かつ元気な)皆様。日本でのものづくりが昔のようには行かなくなっているのは、憂慮すべき状況と思います。今回のトライアングルに関しては、私と同世代の息子さん(=社長)が切り盛りされているので、向こう20 年は安泰です。
■100年後のヴィンテージ楽器を目指して
そして20年というと、1つの製品のライフサイクルの一区切りとも言えます。先日今回の開発についての取材を受けたのですが、その中で「『ラディックを置き換える』が目標でしたが、果たせそうですか?」と質問されました。これについては世に放たれた一つ一つの個体が、この先に奏でられる音楽の中で評価されるのを待つしかありません。その積み重ねで楽器の評価は形成されていくものと思います。ここに産み落とされたトライアングルが、20年後、50年後、100年後にどんな評価を受けているか。それを想像するのも、作った者だけが味わえる楽しみです。100年後、2123年の打楽器奏者様!これを読んだら教えて下さいね(笑)。
トライアングルの「グレート・ヴィンテージ」とか言われてたら最高ですね。
2022年7月6日に発売し、執筆時点で5ヶ月ほど経ちましたが、おかげ様でどの方面からもとても良い評価を頂き、好調に売れております。開発に関わってくださった皆様に、感謝の気持でいっぱいです。ありがとうございました。そしてK.M.Kトライアングルの開発はさらに続きます。サイズバリエーションや形状のさらなる発展を目指して参ります。今後もご期待ください!
執筆者: コマキ通商営業部・内山洋樹
取材協力:コマキ通商株式会社