つっちーの「太鼓奇談」第二回

※この記事は2014年1月10日発行「JPC 139号」に掲載されたものです。

JPC会報をお読みの皆様、こんにちは。
前号からお邪魔させて頂いております、ドラムテックのつっちーです。どうやら打ち切りにならずに今回も与太話を書かせて頂きます。

さ、今回はツアー中(矢沢永吉さんのツアーです)なので、ツアー先での話をしつつチューニングの話に無理矢理持って行きたいなと思っております。
この原稿の締め切り迫る11月某日、僕らツアークルーは博多にて、コンサートの仕込みをしておりました。
マリンメッセと言う所で、海沿いの大きな会場です。
隣では大相撲九州場所、そしてさだまさしさんのコンサートも。
僕らは一通り楽器を仕込んでベーシックなチェックや作業を終え、ステージを照明チームに明け渡し、僕らはそそくさとホテルにチェックイン。
そして、シャワーを浴びて晩ご飯です。
博多と言えば「もつ鍋」です。「やまなか」と言う名店を予約し、音響クルーと一緒に鍋を囲みまずは乾杯!
「旨い、旨すぎる!」と舌鼓を打ちまくり、締めのちゃんぽん麺と雑炊も平らげ、満腹でホテルに戻ります。
一旦膨れたお腹を落ち着かせ、もつ鍋の匂いが付いた服を着替え、再度夜の天神へ。

ここからがやっと本題です。長いマクラでしたw

僕がいつも博多を訪れる時、必ず顔を出すバーがあります。
大名と言う街にあるパルム・ドールと言うバーです。
同じエリアにある、オスカーと言うバーの姉妹店ですが、どのバーもとても素敵なお店なのです。

パルム・ドールのマスター、新谷さんとは、年に数回お会いするだけなのですが、いつも楽しい会話で盛り上がってしまいます。
特に惚れ惚れするのが、僕はいつもカウンターで呑む事が多いのですが、バーテンダーが振るシェイカーの心地よい音、例えばマティーニをステアしてる時のマドラーやそれを回す手先に感じる集中力。呑んでしまえば消えてしまう、でも、その一杯を出来るだけ美味しく、美しく提供したいと言う心意気がビンビンに、そしてさりげなく伝わってきます。
もちろん、一流のバーテンダーとなればどれも当り前の所作なのですが、一流の仕事と言うのは何度観ても飽きないモノで、僕の様にカウンターでバーテンダーの仕事が酒の肴と言うヤツなんてバーテンダーにとってはやりにくいかもしれないけれど、やはり素晴らしい仕事を目の前でやられちゃうと、嬉しいものですね。
そんな感じで夜も更けて来るとお客さんも一旦引いて、バーの雰囲気もちょっとゆったりとしてきます。
この時間帯、夜中の2時から3時頃が一番好きな時間です。
カウンターの中も少しゆっくりで、バーテンダーとの会話も弾むわけです。
僕は何杯目かのマティーニやハイボール、ジントニック、バーボンと呑んでいて、(明らかに呑みすぎ)ご機嫌でした。
そこで、どう言う流れかヨーロッパのアートの話になって、あれやこれやと時を忘れて大盛り上がりです。
メトロポリタンや、ルーヴル、MoMaとかグッゲンハイム、大英博物館、色々な美術の話、そこに時を越えて流れるスピリット、カクテルの由来、ベル・エポック期のパリ、ウディ・アレンの映画、パリのジャズ、サンクトペテルブルクへの旅の話、ベルリンの街並やヴァイマルのバウハウスなどなど・・・
いいカクテルを作る為には、ただお酒を知っていれば良い訳ではない、その由来、歴史的背景を知って、時代の文化や風俗、アートや音楽を知ってから初めてその一杯のカクテルが命を持って輝き始める。
これ、音楽にも全く同じ事が言えると思うのです色んな所からパズルのピースを集めて来て、組み合わせ、つなげて行く。バラバラなピースな筈なのに、頭を使ってセンスを総動員して完成したものを眺めると一つの表現として成り立っている。
マティーニをステアしている時の真剣な指先、まるで祈る様に目の前の透明な液体をスローテンポのブラシワークの様に混ぜて行く。数秒後にはグラスに注がれ、僕の目の前にやって来るその液体は香りも味もキリッと決まってしかもとろける様な芳香を持っている。

初めて渡されたスネアドラムをイチからチューニングする時の集中と似ているのかもしれません。
まずスネアを手に取り、外観をチェックし、ヘッドを外し、シェルの内側をチェック。ボトムヘッドもスナッピーも外し、ラグやストレイナー、シェルに付いている部品を出来る限り外して、各パーツを磨き上げ、グリスを与え、スムースに動く様に整える。
シェルはメタルなら思い切ってぬるま湯で洗う事もあるし、ウッドシェルの場合は、目の細かいクロスでクリーナーを少量つけてクリーニングして行く。
綺麗になったシェルを内側から右手の中指で支え、左手の中指で外側からシェルを叩いてみる。そのシェルが本来持っている「響き」を聴くことができる。
そのトーンやピッチを耳に覚え込ませ、先ほど磨き上げたパーツをまたシェルに戻して行く。
ここでいつも僕が心がけるのが、「何でもかんでもピカピカにすればいいってもんじゃない」って事です。
楽器がヴィンテージなら尚更なのですが、その楽器がたどって来た時間を表す傷や経年変化を元に戻す事はしない方が良い場合が多々あります。
ま、もちろん完全に元通り、新品同様にする事なんて出来ない訳ですが・・・

僕はいつも仕事として他人様の使っている楽器を触らせて頂く事が多いのですが、その時いつも気にしている事が、「楽器とそのオーナーが過ごして来た時間が楽器にどうあらわれているのか」と言う事だったりします。
シェルに付く傷もそうですが、ヘッドの打痕も人が変われば全然違いますよね。

数年前に話題になった映画「永遠のモータウン」の中で、世紀の名ベーシスト、ジェイムズ・ジェイマソンの言葉に、「このベースは汚れているが、この汚れこそがファンクの源なんだ」と言う言葉があります。
この瞬間、僕は自分の持っている価値観が正しい事を悟りました。時間が語る事程大事な事は無いと。

なので、誰かが手に入れたヴィンテージのスネアを新品の様にピカピカにして下さいと言う依頼は僕にしてもムダですのであしからずw
最低限、機能を邪魔したり疎かにしてしまう汚れや故障を直し、それ以外はその楽器と持ち主が一緒に過ごして来たままの姿を保ってあげたいと言うのが僕の基本理念です。
だから、どんなにべこべこなヘッドでも、オーナーがこのヘッドのまま、チューニングして下さいと言えば、そのままチャレンジします。それでダメな時はヘッドを換えますが、その時の仕事が終わったときに元のヘッドに戻して差し上げます。僕の中では大事なことなのです。
もちろん、新品の楽器やヘッドも大好きです。
楽器としての命を与えられたばかりの真新しい香り。
わくわくしますね。
話をスネアの組み立てに戻しましょう。
組み上げられたスネアはその楽器にふさわしいヘッドを張られ、ゆっくりとストレッチする様にチューニングして行きます。打面ヘッドは主に音程、ピッチを決め、ボトムヘッドは音色、トーンを決めることができる。
高く明るいサウンドなら、トップ・ボトム共に少し張り気味してみればいいし、ダークな落ち着いたトーンが欲しい時にはスネアサイド、裏のヘッドを均等に落としてみるといい。
ピッチも低くしたいならトップヘッドを緩めよう。
均等に張って行くのが大事なので、ボルト付近をスティックで叩きながらピッ
チを聴いて行くと良いと思います。
一つ一つの作業を確実に素早く、そして丁寧に。
最初に書いたバーテンダーの所作に通じる所です。
お酒もそうなのですが、ドラムのチューニングもとても繊細な作業だったりします。
あるとき、パルム・ドールの若いバーテンダーが、「お酒も生きているので、乱暴にステアすると味がバラバラになって刺々しい不味い風味になるんですよね」と言って、二つのショットグラスに普通のゴードン・ジンを注ぎ、一つはガチャガチャとかき回し、もう一つはゆっくりと丁寧にステアする。
ただのよく冷やしたストレートのジンです。
でも、その二つのジンは驚く程味が違うのです。
「イヤ、そんなのプラシーボ効果だろ、気のせい気のせい」
そう仰る方もいらっしゃるでしょう。
それはそれで良いと思います。
ただ、僕の味覚では完全に別物だったその二杯のジン、これだけ違うのであればそりゃ丁寧にステアしますよ。

チューニングも全く同じです。乱暴に組み上げ、乱暴にヘッドを乗せてグイグイ締め上げバンバンぶっ叩いていたら、どんな楽器でも泣いてしまいます。
ワイルドさの裏にはその何百倍もの繊細さがないとワイルドな部分は際立つ事が出来ません。
甘さの裏には毒があり、明るさの裏には暗さがある。
誰の目にも明らかな事なのです。
ただ絶対に忘れてはならないのは音楽に対する誠実さ。
丁寧な心意気だと感じます。
今の日本には職人がどんどん減って居ると言う実態と、職人を目指す若者たちが増えて来ていると言う実態が、重なり合っている様です。
日々の糧を得る為に超一級の技術を身につけて、身を立てた気合いの入りまくった職人の世界に新しい若い命を持った人達が歴史と伝統に押しつぶされないで、尊敬と誠意を持って精進することができれば、日本の職人芸も廃れることは無いでしょう。僕らの仕事はまだ歴史も浅く、世間の認知もあるとは言えませんが、あと20年後、30年、50年と時間が経ったとき、果たして生き残る事が出来ているのでしょうか?全ての楽器が絶滅するとは思いたく無いけれど、日本の音楽業界の独特な発展を見るとあながちウソではないのかもなんて勘繰ってしまいます。
ボーカロイドが歌い、演奏は全部ラップトップ。
今現実にヴァーチャルな音楽が続々出て来ている中、ナマの空気が震える音楽への憧れや畏怖がふくれあがっている様な気がします。

3.11の大震災から来年で三年が経ちます。
津波では多くの人命と思い出が喪われてしまいした。
多くの楽器達も同じ様に流され、壊れてしまいました。
地元の楽器屋さんの尽力により、被災したピアノが蘇った話を聞いた時、僕は本当に嬉しかった。そのピアノが奏でた音楽はとても温かな音色で、とても津波に打ちのめされた苦難を乗り越えて来た様には聴こえなかったのです。
苦難を越えた人は皆優しいと言いますが、楽器にも同じ事が言えるのかもしれません。

楽器との出会いは一期一会です。自分の手に入れた楽器は、自分の所に「来てくれた」楽器です。その楽器と音楽を奏でる時間を慈しみ、楽しめる。その時間を色んな人々と共有して、歓びを共にする。そのお手伝いを沢山出来る様な2014になれば良いなと思っています。
今回もご多分に漏れず脱線しまくりの全くまとまりの無い、子供のおもちゃ箱の様なとっ散らかった文章でごめんなさい。
回が進むに連れて打ち切りの可能性が大きくなると思われますので、このコラムに関するご意見ご感想、ご質問などははやめにお願い致しますw

それでは、2013年も色々お世話になりました。
来る新年が、被災された東北、伊豆大島、フィリピンの皆様に復興の光がもたらされる様に、そして読者の皆様のご健康をお祈りして、今回の駄文の締めとさせて頂きます。

2013年師走
土田嘉範

追記
言うまでもないが、パルム・ドールで呑み倒した次の日の二日酔いと言ったら
この世のモノではなかった事を書き加えておきます。

※この記事は2014年1月10日発行「JPC 139号」に掲載されたものです。


 

■つちだ“つっちー”よしのり プロフィール
1969年生まれ。11歳の頃YMOの高橋幸宏に衝撃を受けドラムを始める。現在はフリーのドラムテック&ローディーとして矢沢永吉、高橋幸宏(METAFIVE,YMO,THE BEATNIKS,etc)、松本隆(はっぴぃえんど)、林立夫(Tin Pan)、細野晴臣、[Alexandros]、Diggy-MO’ 、ピエール中野、RADWIMPS、宇多田ヒカルなどのツアーやレコーディング、FUJIROCK FESTIVALやSUMMER SONICなどの、夏フェスでのステージクルーとしてウロウロしている。
自身のバンド254soulfoodでは定期的にLIVEを行っている。
プレイヤーとしての参加作品はHARRY「BOTTLE UP AND GO」本園太郎「R135 DRAFT」「torch」など。
蕎麦と落語と読書に酒、煙草好きの堅太り。

エッセー

関連記事

つっちーの「太鼓奇談」第三回
つっちーの「太鼓奇談」第三回
※この記事は2014年4月10日発行「JPC 140号」に掲載されたものです。※セミナー写真提供:リズム&ドラム・マガジン、撮影:雨宮透貴(Yukitak...
Read More
つっちーの「太鼓奇談」第一回
つっちーの「太鼓奇談」第一回
国内外を問わず、名だたるドラマーのドラムテックとしてステージやスタジオで大活躍中の“つっちー”こと土田嘉範さん。縁あって今号から紙面を賑わしていただくこと...
Read More