つっちーの太鼓奇談
つっちーの「太鼓奇談」第十四回|シングルストロークは全ての基本
※この記事は2017年1月発行「JPC 151号」に掲載されたものです。
JPC 会報をお読みの皆様、謹賀新年、あけましておめでとうございます。
毎度おなじみ太鼓奇談のお時間がやって参りました。
今年もまた性懲りも無く連載が続きます。
2017 年、平成29 年も引き続き宜しくお願い致します。
さてさて、今回も毎度例に漏れず締め切りギリギリのラインでパソコンの画面に向かいカタカタと如何に駄文を書き連ねるかと悶々としつつあ~だこ~だとうだうだしておりました。
そこで傍と気付いたのは「太鼓奇談」と言う割には、ほとんど太鼓、ドラムに関して書いていないなぁと。なので、新年最初の今回はちょっとだけドラムについて書いてみようかなと…。
(いまさら何を言うかと言う西尾さんの声が聞こえたのは幻聴でしょうか?w)
そう、ここは打楽器専門の楽器屋さんの会報なのです。
他のページを読みますと恐ろしいくらいに真摯に打楽器と音楽に向き合っていらっしゃる方々の記事が並んでいる訳で御座いまして、僕のこの連載など飛ばされているのでは無いかと一抹の不安に襲われてしまいます…。
なので、新年最初の今回はちょっとだけドラムについて書いてみようかなと…。
まぁ、僕のことですからいつの間にか脱線するのはお許し願います。
で、なぜそんな事を書こうかと思い立ったかといいますと、去年の十月に濡れた路面ですっ転んで右手首を怪我してしまいまして、10月30日に予定していた僕のバンド、254soulfoodの鶴瀬パオパオでのライブを中止せざるを得なくなってしまい、楽しみにしていてくれた皆さんをとてもがっかりさせてしまうことになってしまったのです。
その怪我は今となってはすっかり回復して、年末には同パオパオにてカウントダウンライブで数曲プレイする事もできたわけでございます。大事に至らずホッとしております。
普段、根っからの怠け者なので、毎日練習するということもなく、何となく
「ドラムセットに座ればプレイできるだろう」
という全く根拠のない自信に支えられ今までのらりくらりと演奏を続けてまいりました。
毎日の仕事の中で嫌でもドラムセットには触れているわけで、音響さんとのサウンド・チェックの時間には、「はい、キックくださ~い」なんてことを30分から一時間程やるわけですね。まぁ、基礎練習の様なつもりで一定のテンポで、一定の音量、音色を各楽器、キック、スネア、ハイ・ハット、タムからフロア、シンバルとやっていくわけです。そこでは音楽的な表現と言うよりは、「この楽器はこれくらいのダイナミクスで演奏するとこんな音色ですよ~」とか、「このキックは弱く踏むとこれくらいのLOW 感、強く踏むとこれくらいのアタック感でっせ~」みたいなことを音響さんとの共有として、更には「このドラマーさんは盛り上がるとハットが強くなるんですよ~」なんてことも考えて一打一打ショットを繰り出すわけですね。
これ、実際いい練習になりますw
一つ打ちを真剣に繰り出す。シングルストロークは全ての基本。そんなつもりで毎日コンサートやレコーディングの場面でドラムセットに向かってチューニングしたりしています。
でも、こんな言い方しちゃうと身も蓋も無いのですが、所詮「人様のセット」なので、僕が音を出してもその音は、ご本人様には遠く及ばない場合も多々あります。
あくまでもベーシックなデータベースを共有ということと、本番でプレイされるミュージシャンへの負担軽減という意味もあるかと思います。もちろん音響さんとのやり取りでチューニングを変えることも良くある話です。いろんなリクエストがあります。キックのアタックがもっと欲しい、その逆やスネアをもっとふくよかにしたい、フロアタムのローが長くて邪魔だからなんとかしてくれ~!とか。
フロアタムの場合なんかはチューニングよりもマイキングでかなりのことが解決しますね。どの楽器もそうですが。
マイクの角度やリムからの距離、真ん中を狙うのかエッジよりにするのか、ミュートを置く位置もマイクに近づけるのか離すのかでものすごく印象が変わります。親しい音響さんだとリクエストが来た時に「あ、チューニングいじる前にマイクちょっと動かしてみますね~」って言って僕がマイキングを直してもう一回音を出します。そうすると「あ!イイかも!うんうんこれいいかもね」なんてことになり、ひとしきりチェックした後にエンジニアの方が一体どんなマイキングなのか見に来ることが多いです。演者側からと客席側からの印象の違いをうまく活用した楽しいやり方ですね。
最近は殆どのドラマーが何らかのイン・イヤー・モニター・システムを使っており、イヤホンも千差万別、何十万円もする耳型を取って作るものから、数千円のものまで全くバラバラなモニター環境ですので、その中でいかに自然に欲しい音をクリアに聞こえるようにするかということも僕らの仕事の範疇になってきています。この場合はモニターエンジニアとのやり取りになりますね。
まぁ、そんなこんなで毎日いろ~んな楽器を触り、色んな方々と接していると、自分のことは意外と疎かになってしまうのは僕が怠け者だからでしょう。
才能ある方々と接していると、惚れ惚れとすることばかりではなく、自分と比較してしまい落ち込むこともあります。落ち込むのは嫌なので、そのうち比較もしなくなり、「僕は僕」なんつって都合の良い解釈をしてしまって、どんどん腕は錆びる一方…と思っていた矢先の右手首の怪我でした。神様がちゃんと見ていたのかもしれません。
「人は人、自分は自分。だがしかし自分の精進を怠ってはいかんのだぞ~、その怠けた根性にお仕置きだべ~」と、僕の右手にバチを当ててくれたのかもしれません。
雨上がりの濡れた歩道でツルンとコケて右手首の小指側を地面に思い切りついてしまい、狭い面積でこの固太りの全体重を支えきれず、みるみるうちに腫れ上がり、目の前のコンビニで氷を買ってすぐさまアイシング。
その日の仕事は朝霧ジャムと言うフェスの楽器スタンバイだったので、早退して病院に向かいました。レントゲンを撮り、お医者さんの診断名は「三角線維軟骨複合体損傷」と言うなんとも難しい名前です。お医者さんに「お仕事はなにしてるの?」の問に、「ドラムテクニシャンです」と言っても50000% 通じないので、なんとなくあんなことやこんなことをやっていますとテキトーに答える間にそのお医者さんの顔色がちょっと変わったのを僕は見逃しませんでした。
思えばその整形外科接骨院のロビーに足を踏み入れた時、ちょっと違和感があったのです。
普通なら部活帰りの中高生が野球やサッカー、テニスなどで痛めた手足を治療しに来ていたり、お年寄りが弱った足腰の治療しに来ていたり、もちろんそういった方々も多かったのですが、その中に混じってうら若いお嬢さん達が数人いたのですね。およそ捻挫や打撲やリウマチや腰痛を持っているようには見えないのですが…そう、彼女たちは音大生で、練習に明け暮れ腱鞘炎などになりかけたなどの症状でこの病院に来ているらしく、この病院はその手の治療ではなかなかの名医だということなのです。で、話は僕の診察にもどりますが、顔色がちょっと変わった先生が一言、「で、キミ自身は演奏するの?それが仕事になることはあるの?」と鋭い眼光で尋問されてしまい、僕はつい「あ、はい」と情けなく答えてしまったのですね。その瞬間、「はい、ギブスで固定ね。あっちの先生の所行って」言われた方向を見るとちょうど高校生くらいの男の子が今まさにギブスを巻いている場面が目に入りました。
「え~~~~~!マジっすか!今月末にバンドのライブあるんですけど…」
「そんなことしたら今月どころか一生演奏できなくなるよ。それでもいいの?ダメでしょ?大人しくギブス付けてしっかり治しなさい。月末のライブは中止!」
今思うとその診断を真剣に感謝しますが、その瞬間は「ライブ中止」と言う一言が重くのしかかり、仕事の現場でも多大な迷惑をおかけしてしまうこともとても申し訳なく、のんきな僕が、めずらしく「ど~~~~~~~ん」と落ち込んでし
まいました。
固定は手首をとにかく動かさないということで、五本の指は自由に動かして、腱が固まらないようにして下さいということでしたので、チューニングの現場はそれほど困らず、キャンセルすることもなく出来ました。
やはり一番心配だったのは自分勝手ですが「このあとちゃんとプレイできるようになるのだろうか?」ということでした。
あんなに怠け者でお気楽な僕が自分の人生の中から「楽器を演奏する」ということが脅かされることにこんなにビビってしまうのかと、そこまで自分の中で大きな位置を占めているのかと今更気がつくのもどこまでのんきな男なのかとつくづく自分で自分に呆れ果てるばかりでした…トホホ。
二週間ちょっとカチカチのギブスで固定され、腫れも痛みもだいぶ引いた頃にお医者さんへ行き、「今日はいよいよ外れるぞ!」と期待していったのですが「まだ固定は必要だなぁ~ギブス半分にしましょう」と言われてしまい手首が内側に曲がらないように固定され更に十日。やっとのことで完全に固定が取れ、まずは今まで湯船に浸かることができなかった右手首をどっぷり湯船に。熱い湯船のなかでゆっくりと手首を動かしてみると今まで固められていたせいか結構な痛みというか軋みの様な感覚。日常生活はほとんど問題ないのだけれど肝心の演奏は…?
とある秋晴れのある日に一部ドラマーには有名な浦和の荒川河川敷、秋ヶ瀬公園へ僕の愛器ロジャースを持ってリハビリしに行きました。思ったより手は動いたのですが、やはり筋力が落ちていて、自分では得意なつもりで居た片手16 刻みのハイ・ハットなどが長続きしません。しかし、これは神様が与えてくれた試練と思い地道に右手のトレーニングを続けました。
こんなに真面目に練習したのは久しぶりと言うくらい。そんなんじゃいけませんね。旅先のホテルの部屋ではナイロンブラシで枕を相手にゆっくりとシングルストローク。サウンド・チェックではでかい音が出せるので、ビートの練習。はたから見ればいつものチェックなのですが、僕にとっては大事なリハビリです。職権乱用ですけどねw
これを機に鈍った体をちょっと鍛えようと24 時間年中無休のフィットネスジムにも入会し、マシントレーニングとランニングも始めています。まだまだ成果は出ませんが、30 分走って死にそうになっていた僕がなんとか一時間は小走り出来るようになってきたり、そんなことをやっていると気持ちも活力が湧いてくるような感じがして、楽しくなってまいりました。
その後、また秋ヶ瀬に行こうかなぁとSNSでつぶやくと、山村牧人さんから「リズケンに来てみない?」のお誘い。
ライブでデビューするはずだったEVANSのハイドロリック・レッド(もちろんドラムシティで買いましたw)を携えてリズケンへお邪魔しました。
今まではクリアとブルーが主体だったハイドロリックにレッドが復刻ということでピンクのロジャースに似合うかも! という誠にミーハーな気持ちで買い揃え、実際に張ってみるととても好感触で嬉しくなりました。僕が好きなあのサウンドが目の前で鳴っているわけです。タムのボトムはおなじみのREMOサイレント・ストロークで、疑似シングルヘッド。でも、12”のタムだけはボトムをEVANSのレゾナントコーテッドに変えようかなと思っています。
明るい倍音がちょっと欲しい時もありますからね。
と、ここまで書いて気がつけばもうページの残りも少なくなってまいりました。
ハイドロリック・レッド、通称「赤ドロ」のお話はまた次の機会にお話したいと思います。
書けない書けないと悩んでいたあの頃が嘘のようです。
今年もまたこんな感じでゆるゆるとぼやきますので、皆様方もゆるゆるとおつきあいただけたら幸いです。
こんなご時世、つかの間だけでものんびり過ごしましょうね。
また誌面でお会い出来るのを楽しみにしております。
皆様の毎日が暖かく平和であることを願って…。
■つちだ“つっちー”よしのり プロフィール
1969 年生まれ。11歳の頃YMOの高橋幸宏に衝撃を受けドラムを始める。現在はフリーのドラムテック&ローディーとして矢沢永吉、高橋幸宏(METAFIVE,YMO)、松本隆(元はっぴぃえんど)、林立夫(TinPan)細野晴臣、[Alexandros]、ゲスの極み乙女。星野源、などのツアーやレコーディングに携わっている。
自身のバンド254soulfoodでは地元のクラブ鶴瀬パオパオで定期的にLIVEを行っている。
プレイヤーとしての参加作品はHARRY「BOTTLE UP AND GO」本園太郎「R135 DRAFT」「torch」など。
蕎麦と落語と読書に酒、煙草好きの堅太り。
執筆者:土田 ”つっちー” 嘉範