つっちーの太鼓奇談
つっちーの「太鼓奇談」第十六回|ほんとにあった怖い?話
※この記事は2017年7月発行「JPC 153号」に掲載されたものです。
JPC 会報をお読みの皆様、毎度おなじみ太鼓奇談のお時間がやって参りました。
さて、今回は「ほんとにあった怖い?話」です。
まず、読者の皆様方には、「REMOコーテッド・エンペラー24インチ」
このワンフレーズをアタマに入れてお読み下さいませ。
ある雨上がりの五月末、とある山奥のキャンプ場で開催される野外フェスに現地楽器クルーとして仕事するために僕は中央道を走っていました。
分厚い雨雲と晴れ間が混在する不思議な空模様で、窓を開けるとひんやりとした風が流れ込み、清々しい気持ちでドライブしていると…
先に現地に入っていた先輩ローディーから一本の電話。
すべてはここから始まります。
先輩「あ、つっちー、おつかれ!あのさ、今どこらへん?」
僕「あ、おつかれっす!いま甲府の手前ですかね。どしたんですか?」
先「あのさ、24のコーテッド・エンペラー忘れてきちゃってさ、つっちーがまだ都内にいたら倉庫へ取りに行って貰おうと思ったんだけど…甲府じゃむりだよなぁ」
僕「そうですね~ここから引き返してまた行くとなるとかなりおそくなっちゃいますよね…」
先「ちょっと長野辺りの楽器屋にあたってみるよ」
僕「僕もちょっと甲府辺りの楽器屋さんで聞くだけ聞いてみます。もし見つかったら買っていきますね」
先「おっけ~!一応探すだけ探してみよう!」
僕「は~い」
てな感じで一旦電話を切り、手近なサービスエリアに入って、近くの楽器屋さんを検索。4~5 件あったので手当たり次第に電話してみました。ところがやはり24インチコーテッド・エンペラーはなかなか在庫として置いてある街の楽器屋さんはありません。
う~ん、これはやっぱり東京から一人走らせて持ってきたほうが確実だよなぁと思いつつ、最後の楽器屋さんに問い合わせしてみることに。
その楽器屋さんは大手でショッピング・モールにもよく出店している楽器屋さんで僕らも地方で小モノを買う時によくお世話になっているチェーン店でした。
なので、何の不安もなく僕は電話をかけたのです。
それがあんなことになるとは…
今思い出しても身震いします。
楽「はい、◯◯楽器イ◯ンモール店でございます」
清潔感のあるお姉さんの声。きっとフルートかなんかを上品に演奏してそうな感じです。
僕「あ、土田と申します、お忙しい中申し訳ありません在庫の確認をさせていただきたいのですが…」
楽「はい、どういったものでしょうか?」
僕「えっと、ドラムヘッドなのですが、REMOの…」
楽「…え?ドラゴンベッドですか?それはどのような…」
僕「…いや、ドラムのヘッドです、ドラムの皮ですが…」
楽「ドラムの…ヘッド…ですか?えっと…」
ここで僕は何故担当を変えることを思いつかなかったのか今でも悔やまれます。
ハナシは更に続きます。
僕「あの、ドラムのお取り扱いはございますか?」
楽「はい、各メーカーの取扱いはございますが、ドラムのヘッドというのは…」
僕「あの、ドラムを叩く部分に張ってある白かったり透明だったりする部分なのですが…」
楽「あ!ドラムヘッドのことですね!はい在庫は幾つかございますが」
サービスエリアの車内で話している僕の血圧が一瞬ぐんと上がるのを感じました。が、相手は女性。ココは紳士的にならねばと、一つ大きく息を吸って、会話は続きました。
僕「で、そのドラムヘッドですが、REMOと言うメーカーのコーテッド・エンペラーの24インチを探しているのですが在庫の確認お願いできますでしょうか?」
楽「はい、あの…“メモ”と言うメーカーはちょっとお取り扱いはございませんで…」
僕「あの、メモではなくてレモなんですけど…」
楽「え?レモンですか?」
僕「レ!モ!ですね」
楽「あ、レモでございますねはい」
僕はそんなに滑舌が悪い方ではないし、電話の電波状況も良好に思えたのだが、一応聞くだけ聞いてみた。
僕「あの、こちらの音声はちゃんと聴こえてますか?とぎれてませんか?」
楽「はい、大丈夫でございます。えっと、レモのなんでしたでしょうか?」
僕「コーテッド・エンペラー24インチです」
楽「え? “ 鋼鉄のエンペラー”ですか?」
僕の脳裏には鋲だらけの革パン革ジャンを身にまとい、ごっついバイクに跨り鎖を体に巻き付けカベのように積まれたマーシャルの間から出てくるジューダス・プリーストのロブ・ハルフォードが降臨してきました。
彼こそ正に「鋼鉄のエンペラー」ではないでしょうか。
ひょっとしたらこの電話口のお姉さんは筋金入りのヘヴィ・メタル・マニアなのではないかと、夜な夜な一人部屋で爆音でジューダス・プリーストを聴きながらヘドバンしているのでは?
その清潔感のある制服の下の肌はタトゥーでびっしり埋められているのかもしれない…と、あらぬ妄想をしてしまいました。その妄想も束の間…会話は続きました。
僕「あの、“ 鋼鉄”ではなくて、“コーテッド”です」
楽「はい?こー?つ?て?え?コー鉄?えっと…」
僕「コー!テッ!ッド!ですね…(息切れ)」
楽「鋼鉄…ですか?鉄のヘッドはお取り扱いが」
僕「いやそうじゃなくて、コーテッド・エンペラーです、白いザラザラしたドラムヘッドです(号泣)」
楽「あ、コーテッドヘッドですか!はい、お取り扱いございます」
iPhoneを持つ僕の手にググっと力が入ります。
もう一度深呼吸します…。心拍数が上がります。
僕「それのエンペラーというやつで… 24インチのものを…探しているのですが…
在庫の確認お願いできますでしょう…か…」楽「申し訳ありません、当店22インチ以上のサイズのヘッドは全てお取り寄せとなっておりまして…」
僕「あ…あの、最初へ僕ら24インチってお伝えしたのですが…」
もう文法が崩壊してきました。
楽「ええ、ですので、24以上のサイズのヘッドは全てお取り寄せとなっております」
僕「あ、わかりました。大丈夫です。御時間取らせてすみませんでした…」
楽「とんでもございません、お問い合わせありがとうございました」
過去に色んなタイプの人々と話をしてきまして、文化風習の違い、国の違い、もちろん言葉の違いもそれなりに乗り越えて僕らは今まで頑張ってきたのですが、ココまでハナシのすれ違いというものを体験したことはナカナカありません。
しかも、相手は仮にも楽器屋さんで…
いやはや、世の中というのはかくも混沌としているのかと。
この豊かな自然に抱かれたワインの美味しい甲府という街にも現代社会の闇という歪が押し寄せてきていて、あのような、まるでスネークマンショーの様なやり取りが至極真面目に行われてしまうことに戦慄を禁じ得ないわけで、電話を切った後、一人車内でぐったりとしつつ、会話の内容を思い出すとどうにもこうにも笑えてきてしまい、そのフェスが終わった帰り道、横浜在住の先輩ローディーと一緒に帰路についた時、「せっかく信州だからお蕎麦でも食べて行こうよ」なんてぇことになり、道の駅にある蕎麦屋に入り、美味しい蕎麦を食べながらこの一連のやり取りを話したところ先輩は涙を流して“ 鋼鉄のエンペラー” という、清純そうなお姉さんのヘヴィな空耳に悶絶する程笑い転げてしまい、僕もつられて笑ってしまい静かな店内には中年のおっさんふたりが悶絶しながら蕎麦を手繰るという不気味なシチュエーションになってしまいました。
窓の外を見ると空はどこまでも碧く、空気は澄んでいてそれはそれは静かな午後のひとときでした。
連載始まって以来のくだらない話になってしまいましたが、今年上半期の思い出として書き記しておきたいと思い、皆様方にお付き合い願った次第であります。
さて、気を取り直して、最近このページでよく書いている僕の楽器をちょっと紹介してみたいなと。
「もう、お前のおピンクロジャースの話は聞き飽きたわい」
ええ、そうですよね。そのとおりです。
なので今回は珍しく、僕が最近手に入れた楽器、しかも新品を紹介したいと思います。
ココ数年、僕は自分で使う楽器に関して、全く新しいものを手に入れるという欲がありませんでした。
世界中で発売される新しい楽器はどれも個性的で素晴らしいものがあり、それほどでもないものもあり、仕事で最新のものに触れる機会が多いこともありちょっと一歩下がって冷静に見ることが多くなるわけでして、それはもう仕方ないことなのかもしれませんが、そんな僕でも「ドキっ」とする楽器が出てきたりするのです。
それは何かと申しますと… TAMAから発売された、40周年記念のベルブラススネア復刻です。
1980 年初頭に発売された、メッチャクチャ重くて、メッチャクチャ高いスネアです。僕がこのスネアに何故憧れたかというと…もうお察しの良い読者の皆様にはお判りですね。そうです。YMOの高橋幸宏さんが使っていたからなのです。YMOのアルバムで言うと、「BGM」や「テクノデリック」だったり、再生YMOの「technodonlive」でもそのサウンドは聴く事ができますし、最近ですと、「no nukes 2012」のライブアルバムで、僕がチューニングしたベルブラスのサウンドを聴くことが出来ます。
そんな憧れのベルブラスが当時のスペックをなるべく再現して復刻するということでこれは居ても立ってもいられません。とは言え、そのお値段もナカナカのもので…。
なにせ、僕も少し企画にかかわらせていただいた幸宏さんモデルのシグネイチャー・スネアも買えなかったと言う、涼しい懐事情でしたから…w
あのシグネイチャー・スネアも瞬殺で売り切れてしまい、続くベルブラスももちろん瞬殺。海外のオークションでは高値で取引され、試しに国内のオークションを覗いてみたら一つも見つからず、半分ヤケになって、Amazonで見てみたら50 万円!アホかいな!と諦めの乾いた笑いだけがこみ上げてまいりました。
それでもなんとか手に入れられそうな事になり、まずはTAMAでいつもお世話になっているO氏にメール…その答えは「すみません、もう跡形もなく売れてしまいました…」そりゃそうですよね。全世界限定20台とくりゃ、すぐ売れちまいますよね。
思い起こせば発売直前のとある日、ドラムマガジン・チューニング部顧問の横尾氏からメールで「NEWプロダクツの試奏レポお願いします」と言われるがまま、指定のスタジオに出向いて行ったらそこに鎮座しますのはまさにベルブラスそのものではありませんか!しかも、僕が試奏をしている横で、横尾顧問が「つっちーさん、これ買わないんですか?今ならこの試奏してるやつキープできちゃうんじゃないんですかねw」
なんてことを言いやがりましてですね。
ヒトの懐事情も知らないくせに・・・と歯ぎしりしましたよ。
まぁ、そんなこんなでやっと買えるとなると、今度はどこのお店にも置いてないときたもんだ。日本全国津々浦々の楽器屋さんに訊いて回る覚悟で、まずは身近なところでこの会報を出してるJPCのドラムシティ「ウチは5インチしか入れてなかったんですよ…それも売れちゃいました」
はいはい。
◯ライミュージックのとし◯つにメッセージを送ってみる「復刻ベルブラス6 半ある?」
…待つこと半日「ありません!」
よし次!秋葉原ド◯ステ、コージー先輩。
「ベルブラスあります?」「無いっす、売れちゃいました!」
大阪三◯楽器「売れてもたわ」
渋谷ドラ◯テ「無いっすね~」
福岡ドラムト◯イブ「無かとよ」
惨敗である。人生においてこんな屈辱は無かったかもしれない…欲しいものはなんでも手に入れてきた俺様が…
と歯ぎしりしながらネットで探すと…あれ?あれれ?
「TAMA 復刻ベルブラス6 半・在庫有り」の文字が。
どぉこだぁぁぁぁ~!とお店を調べると「◯ック◯ン新宿A 館ドラムフロア。こんな近くにあるのか?どうせヤル気のない店員が更新をサボってとうの昔に売れちゃってんだろ?と、もう世の中をスネた目でしか見られなくなった僕は、とりあえず電話で訊いてみることに。
「あ~、あの、ネットで見たんですけどタマのベルブラス6 半てまだありますか?」
「あ、少々お待ち下さい、在庫確認してまいりますので」
丁寧な女性の声。ネットショップの更新を怠ったのは彼女ではなさそうだ。待つこと数分。
「おまたせ致しました!あります!ベルブラス6 半です」
耳を疑った。もう一度確かめてみた
「タマのベルブラス6 半ですか?」
「はい!タマのベルブラス6 半です!」
「それは本当にタマのベルブラス6 半で…」
クドいのでこの辺でやめとくが、とにかく在庫があったのでそのまま電話口で
「あ、それ買います!キープ出来ますか?」
というと、
ちょっと引いた雰囲気を感じたので僕はココで自分の立場と言うか食券、いや、職権乱用を試みた。
「あの~ドラムテックのつっちーですけど…」と一言。
「え!つっちーさんですか!ホントですか!あ、牧人さんの飲み会でお会いした◯◯です!スネア、すぐキープしますね!」
オトナと言うのは自分の欲望達成のためなら多少ダーティーな手を臆する事無く使う生き物である。かくして、僕はロックイン新宿の試奏室のカベにサインなど書いて、店員のお二人と写真に収まりtwitterで拡散され、ヨタ話をして帰ってきたのである。
しかし、JPCの会報でこれだけの競合楽器店名を羅列しているのも初なのではないでしょうかw
まぁ、そんなことはさておきベルブラスです。
買ってきたはいいものの、こいつを如何に手なずけるか。
楽器を手に入れたときの醍醐味ですね。
まずはヘッドを替えましょう。最初から好きなヘッドなら別にそのままでもいいのですが、今回はまずREMOのヴィンテージエンペラーで小手調べ。最近仕事でよく使うヘッドなので、耳馴染みがあるということでこのセレクト。
スネアサイドはコレまたREMOのスムースホワイトスネアサイド。以前も書きましたつるっつるの色白さんです。
豆腐屋の娘とは違って水臭くありませんw
スナッピーはピュアサウンドの30 本。リムもトップだけドラムシティの3mmシルバーメッキで。コレを秋ヶ瀬に持って行き試奏。う~ん、イイ。良いのだけどもう一つ…
「グッとくる」何かが欲しい。よしフープを替えてみよう。
ツー事でTAMAのサウンドアークと言う内巻きのフープにトップボトムとも替えてみました。
うん!アタックもマイルドになって、スナッピーの反応もいいし、サスティンが上品になった。イイかもよイイねイイね。
しかし、次の瞬間衝撃の事実が目の前に突きつけられた…
愛用のミュート、“スネアウエイト”が内巻きフープに付かないと言う現実…次回に続く…のかな?
■つちだ“つっちー”よしのり プロフィール
1969 年生まれ。11 歳の頃YMO の高橋幸宏に衝撃を受けドラムを始める。現在はフリーのドラムテック&ローディーとして矢沢永吉、高橋幸宏(METAFIVE,YMO)、松本隆(はっぴぃえんど)、林立夫(Tin Pan)細野晴臣、[Alexandros]、Diggy-MO’、LITE、星野源、ピエール中野、RADWIMPSなどのツアーやレコーディング、FUJIROCK FESTIVALやSUMMER SONIC などの、夏フェスでのステージクルーとしてウロウロしている。
自身のバンド254soulfoodでは定期的にLIVEを行っている。
プレイヤーとしての参加作品はHARRY「BOTTLE UP AND GO」本園太郎「R135 DRAFT」「torch」など。
蕎麦と落語と読書に酒、煙草好きの堅太り。
執筆者:土田 ”つっちー” 嘉範