つっちーの太鼓奇談
つっちーの「太鼓奇談」第十七回|アタマの中でサウンドが鳴っているのかいないのか?
※この記事は2017年10月発行「JPC 154号」に掲載されたものです。
JPC会報をお読みの皆様、毎度おなじみ太鼓奇談のお時間がやって参りました。
今年の夏はなんかへんてこりんな天気でしたね。
梅雨明けた後に梅雨のような雨が続き、各地で水害が相次ぎました。被災された地域の方々、亡くなられた方々にお見舞いとお悔やみを申し上げます。
3.11 以降、いや、阪神淡路大震災以降、日本は自然災害大国になってしまったと感じます。
母なる大地からの深刻な警告なのではないかと個人的には感じてしまいます。
なんとかしたいものです。
一人ひとりの意識が大きな意志となって生活のあり方を変えていかないと、人類の歴史はそれほど長くはないのかもしれませんね…。
◇ ◇ ◇
さて、今年の夏も例外なく各夏フェスで働いていたわけですが、フジロックではほぼ毎日雨。サマーソニックでは酷暑。
体調がメタメタですw
で、そのような環境ですとたまにしか会わない方々に会ったりするわけでして、それはそれは毎年の生存確認みたいな感じで楽しく盛り上がれるのですね。
「いや~ひっさしぶりだねぇ」
「元気そうでなにより!」
「facebookでいつも見ているから久しぶりな感じがしないねぇw」
なんてことを言い合って楽しく仕事に励むわけですね。
んで、現場にはまだまだ経験の浅い若者達も大勢いるわけで。
僕自身、ベテランと呼ばれる年齢ではあるのでしょうが、僕自身が関わっている現場で僕はまだまだ若手扱いの高齢現場が多いので、あんまりベテランという認識はありません。
いや、まったくありませんw
そんな中何人かの若手クンがドラムのことで質問してきてくれました。いずれもまだ二十代。これからどんどん経験を積んで育っていって欲しい人達です。
これは真剣に答えてあげなければと、きちんと耳を傾けるのですが…ちょっと???と思ってしまう事がありました。
「いい音=いい機材」と言う神話と言うか都市伝説が先歩きしているのではないかなと。
例えばよくあるスティールのスネア。
深さはまぁ、6 半としておきましょうか。アンバサダ・コーテッドかなんか張って、スナッピーも普通の純正品。
スネアサイドもクリアのアレ。
で、ココで
「ブラスフープをつけようと思うのですが、つっちーさんどう思いますか?やっぱり普通のスティールがいいですかね?それともダイキャストですか?」
って聞かれても…ねぇw
「うん、どれもいい組み合わせだと思うし、ハマれば全部いい音になるとは思うけど…どんな音楽でどんなプレイヤーなの?」
と聞き返すと、
「いや、音楽とかはわかんないんですけど…プレイヤーは自分です」
「ん???自分でプレイする楽器なのね?バンドとかやっているの?」
「いや、やってないです。貸しスタジオで一人音出しています」
「あ、なるほどね。だったら自分の好きな組み合わせをどんどん試してみたらいいんじゃない?そういう研究は大事だと思うよ。ショットの加減でも同じ楽器でサウンドは全然変わるからね」
「あ~…つっちーさんに聞けばどれが一番いいかわかるかなと思ったんですけど…」
「う~ん、楽器の音って単体でいい音ってのももちろん大事だし、それを追求するために色々試すことはものすごく大事なんだけど、まずは自分がどんな音楽が好きで、どんなサウンドを出したいかってのを明確に持っていたほうがいいんじゃないかなぁ。」
「あ~!なるほど!そうですよね!自分の好きな音楽のサウンドを見つければ話は早いですよね!」
ここで、僕は内心(あぁ、わかってくれたなぁ。よかったよかった)と胸を撫で下ろす様な気分になりタバコに火をつけようとしたその瞬間、思いもよらない言葉が飛んできました。
「じゃ、つっちーさん、僕の好きな音楽を教えて下さい!」
ウソみたいなホントの話である。
なんだか前回から「ほんとにあった怖い話」シリーズみたいだけどホントのことなのです。
目が点になって、ひとまず落ち着こうとタバコを一服。
深く息を吸い込み、長く吐き出す…。気分は天知茂だ。
そんなことをいわれてもお若い方々は誰のことだかわからないだろうが、そんなことは知ったことではない。
ここで、僕は一言
「いや、君の好きな音楽は僕にはわからないよ。君のことを殆ど知らないし好みもわからない。誰か好きなドラマーやバンドっていないのかな?」
「あ、それならいます!あのバンドやこのドラマーが好きです」
と、僕も知っている、仕事で関わっているバンドやドラマーの名前がポンポン出てくる。
「あぁ、彼らのことならよく知っているよ。いいバンドだよね」
「はい!大好きなんです!だからそのドラムの音を作っているつっちーさんに聞いたらなんでも分かるのかなとおもってしまって…」
悲劇である。
メディアによる情報が氾濫する昨今、こんなピュアな若者が「自分の好きな音楽を自分で見つけ、その音楽に恋い焦がれ、音楽の魔法に深く入り込む自主性」が取り除かれてしまっていると言う悲劇。
ココで僕は自分の発言の責任の重さに押しつぶされそうになったと同時に、如何に今の世の中が他人の意見に左右されつつも実際に目の前の第三者とコミュニケーションを取るということに不器用な時代になってしまったのかと、愕然としたのです。
僕らと言えば少年時代に手に入れたレコードのクレジットを穴が空くほど舐め回すように読み、そのレコーディングが行われたスタジオやエンジニア、参加したミュージシャンやプロデューサー、はたまたマネージャーやジャケットのデザイナーまで、隅々まで暗記していたものだった。
そこで色んな音楽を聴き、全くタイプの違う音楽が、同じスタジオで録音されていることにびっくりしたりして、それはミュージシャンやプロデューサーやエンジニアやアレンジャーも同じことだったりするわけですよね。
様々な環境で全く違う音楽が世界のあちこちから生まれて届いてくる。それは今でも変わらない事実だし、同じスタジオで今日はアイドル、来週はパンク、来月はド演歌なんてことも当たり前なわけで。今も変わらない事実。
なんだろう、この違和感。
とあるビートルズマニアのおじさんがいて、その方は幸いにもお金持ち。はい、賢明な読者諸氏はもうお気づきですね。
その方はビートルズの楽器を全部当時のヴィンテージで揃えたのです。ご丁寧に衣装までも誂えて。
ココまでなら「お金持ちの道楽だなぁ、いやはやなんとも羨ましい話だねぇ」で終わるのですが、ある時そのおじさんが憤慨して楽器屋さんに乗り込んできたというのです。
その理由が
「同じ年代の楽器を高いカネ出して揃えたっていうのに、ビートルズと同じ音が出ないじゃないか!どうなってるんだ!」
ココにも悲劇が生れました。
もう目も当てられません。
「音」と言うのは一体なんなのでしょうね?
例えばそのビートルズと言うバンド。今では若い人でもビートルズを知らない人が多いみたいですが、そりゃ仕方ないですよね。生まれてないどころか影も形もないし、親が聴いてもいなかったりするわけですからw
話を戻します。
音、サウンド、音色、トーン、いろんな言い方があると思いますが、それはその人のアタマの中で鳴っているものであって、決して第三者が知ることの出来ないものです。
しかし、同じような音がアタマの中で鳴っている仲間と言うのはワリと身近に居たりするものです。それがいわゆる、「音楽の好みが似ている」同級生だったり、先輩や後輩やある時は兄弟従兄弟なんてこともあるわけで。
そんな仲間が三人四人と集まって思い思いの楽器を手に音を紡ぎ出す。バンドの出来上がりです。
そんな仲間でもやっぱり育ちが違うわけで、誰かのアイディアを他のメンバーが理解できない事もたくさんあるでしょう。その逆もまた然り。「それイイね!そのリフ!カッコいいよ!」なんてえのがそれですね。バンド冥利に尽きる瞬間です。問題はメンバーが理解できない、知らない音やアイディアを出してきた時、その発案者はどう伝えるのか?その紆余曲折も後に曲に深みを与え、バンド全体が大きな成長をする鍵になるわけですよね。
先に書いた、ビートルズおじさんはきっと、楽器を全部揃えだけで安心してしまったのか、おじさんのアタマの中でサウンドが鳴っていなかったのかもしれません。
「さぁ、楽器は揃った。コレで大丈夫。ん?ポールの音が出ないぞ」
そりゃそうですよあんたポールじゃないしw
僕はマニアな人たちが一生懸命楽器を手に入れ、その目当てのバンドのコピーを寸分たがわぬ形で頑張って演奏していて、もちろん本物には敵わないけど、楽しくてしょうがないんだよね。って言うところを見るのは嫌いじゃありません。
むしろ応援したくなります。でも、もっとステキだなぁと思うのはそこにご自身のエッセンスがちゃんと入っているときですね。ご自身のサウンドがアタマでちゃんと鳴っている。
完コピなんだけど、ちゃんと「その人」になっている。
エゴじゃないんです。エゴになるとさっきのビートルズおじさんになっちまいます。
難しいです。こういう話。ちょっと間違えばアマチュア全否定とも取られかねないしw
僕自身アマチュア演奏家なので、そんなことは露ほどもおもっていないし、ある意味音楽はアマチュアが一番楽しいとも思っています。バカテクのアマチュアなんて面白いじゃないですかw
トドのつまり何がいいたいかって言うと、なんだか頭でっかちな世の中だなぁ。
なんか淋しいなぁなんてことを冒頭の若者と話していたときに感じたのです。
ドラムは、というより楽器っていろんなパーツが集まってできた複雑な構造体です。エレキギターのテールピースの様に小さなパーツを一つ変えただけで驚くほどサスティンが伸びたりするのですから、パーツとか、スペックとかに耳目が行ってしまうのは、痛いほどわかります。
あえて言うなら、プロとアマチュアの違いは「アタマの中でサウンドが鳴っているかいないか?」とか「求められている音や演奏がちゃんとわかっているか」ということが大きな一因なのかもしれませんね。
そこで僕らは呼ばれてミュージシャンが演奏に集中できるように彼らの頭のなかで鳴っているサウンドを楽器に移し替えるお手伝いをするわけです。
そこの作業は実際に一緒に曲を聴いて、まるでバンドメンバーの一員のような感じで話し合ってサウンドの方向性が見えてくるのです。
人には向き不向きがあります。あらかじめ「ヘヴィ・メタルの録音なのですけれど…」と依頼が来たら、たとえ僕のスケジュールが空いていても僕は他の適任者に仕事を振るでしょう。それも仕事のひとつなのです。
仕事を依頼してくれたクライアントに対していい作品を作って欲しい、いっぱい売れていろんなことが出来るようになって欲しい。綺麗事ではなく、心からそう思うので、適任者に仕事を振って、より良いサウンドを作って欲しいと願うのです。逆ももちろんあります。持ちつ持たれつですね。
ビートルズにもストーンズにもカーペンターズにもモータウンにもスタックスにもハイ・スタジオにもその当時50 年代や60 年代にドラムテックなんていなかったと思うのです。楽器を運びスタジオにセットアップする人は居ました。
ローディーと言われる人ですね。僕らも同じです。
それがちゃんとした職業として認知されるのは、ビートルズ以降だったと思います。それ以前はプロを目指す人が下積みとしてやっていたポジションと言う意味合いが濃かったと思いますね。今でもボーヤと言われる師弟制度は健在だけど、当時のそれとはちょっと違うのかなぁとも思います。
かのオーティス・レディングはデビュー直前までパイントッパーズのローディーでした。スタックスに録音に来たパイントッパーズのアシスタントをしていて、そこにいた、ブッカーT&ザ・MGズのベーシスト、ドナルド・ダック・ダンに詰め寄って「とにかくオレの歌を聴いてくれ!」と無理やりスタジオに引きずり込んで聴かせたその歌声にダック・ダンもスティーブ・クロッパーも一発でヤラれてしまいすぐその場で翌日の録音を決めたそうです。オーティス・レディングの歌声と彼の中に鳴っていたサウンドが、同じ音楽の価値観を持っていた「仲間」に一瞬にして「感染」し「理解」し合えた歴史的瞬間です。
どうか、楽器を目の前にして、音を作ろうという時に一瞬目を閉じて自分の中に鳴っているサウンドに耳を澄ましてみて下さい。そのサウンドが何をどうやってもスティールシェルにブラスフープの音にしか聴こえなかったら、それは迷いもなく楽器屋に走るべきです。
もし、そんなに具体的にわからない…
でもサウンドは鳴っているんだよ!
なんて時はとにかく手元にあるあなたのたった一つの楽器をいじくり回して下さい。
楽器は正直です。あなたがいじった分だけ出てくる音は変わっていきます。いくつもある調整点を一つ一つ触って、デタラメでもヤケクソでも、ある瞬間に奇跡のバランスが生まれる時があるのです。その時出来たサウンドを徹底的に分析して自分の骨身にして下さい。三日三晩寝ずに12インチのタムをチューニングし続けたレジェンド・ドラマーだっているのです。求める音を、奏でたい音を生み出すというのは簡単ではありません。知れば知るほど答えは複雑怪奇になっていきます。
そして自分のサウンドを一台しか持っていないそのスネアから引き出せた時、あなたはとても大きな怪談、じゃない、階段をのぼったことになるのです。
エラそうに書いていますが僕も同じなんです。
毎日毎日毎日毎日街から聴こえて来る音楽、頭のなかでパッと聴こえて来たあの曲のサウンドをどうやって出せるかなぁなんて夢想しているのですから。
一緒にいい音楽を作りましょうねw
なんか最終回みたいな終わり方ですが、まだまだ連載は続きます…よね?西尾さんw
というわけで、今回はここらでお開きてなことにしましょうか。
皆さんごきげんよう。
■つちだ“つっちー”よしのり プロフィール
1969 年生まれ。11 歳の頃YMO の高橋幸宏に衝撃を受けドラムを始める。現在はフリーのドラムテック&ローディーとして矢沢永吉、高橋幸宏(METAFIVE,YMO)、松本隆(はっぴぃえんど)、林立夫(Tin Pan)、細野晴臣、[Alexandros]、Diggy-MO'、LITE、星野源、ピエール中野、RADWIMPSなどのツアーやレコーディング、FUJIROCK FESTIVAL やSUMMERSONIC などの、夏フェスでのステージクルーとしてウロウロしている。
自身のバンド254soulfoodでは定期的にLIVEを行っている。
プレイヤーとしての参加作品はHARRY「BOTTLE UP AND GO」本園太郎「R135DRAFT」「torch」など。
蕎麦と落語と読書に酒、煙草好きの堅太り。
執筆者:土田 ”つっちー” 嘉範