THINGS|こと
PAS機関紙翻訳シリーズ|コンサート・パーカッションの多様性ネットワーク(NDCP)
今回は、アメリカで数年前に設立された「Network for Diversity in Concert Percussion(NDCP)」という団体をご紹介します。Black Lives Matter(BLM)運動が広がった時期とも重なり、このプログラムの誕生はとても意義深く、画期的な取り組みだと感じています。
私自身も NDCP のメンバーで、合格した学生向けに Zoom でレクチャーを担当する機会をいただきました。また、当時サンタモニカ・カレッジ 1 年生(18歳)だった私の生徒さん(女子学生)も特別プログラムに応募し、見事合格しました。彼女はプログラム期間中、本当に充実したサポートを受けました。
たとえば、ロサンゼルス・フィル主席打楽器奏者マット・ハワードのプライベートレッスンを 7 回受講し、ナンシー・ゼルツマンのマスタークラスにも参加。さらに、National Institute and Festival の夏期音楽フェスティバルには、旅費・参加費すべてをカバーする奨学金付きで参加させてもらいました。ドラゴンフライパーカッション・マレットの提供など、書ききれないほど多くの支援がありました。現在彼女は、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校の大学院で、打楽器演奏の修士号取得を目指して学んでいます。
今回、NDCP の特別プログラム参加者数名にアンケートをお願いしたところ、参加時期は高校最終学年の 17〜18 歳から、大学 1〜3 年生(18〜21 歳)までさまざまでした。彼らが共通して挙げたのは、支え合えるコミュニティや仲間・教員とのつながりの大切さです。また、音楽の道を進むうえでの現実的な視点を得られたこと、そして場合によっては経済的支援を受けられたことも大きな価値として語られていました。現在は、イーストマン音楽院、ジョージ・メイソン大学、サザン・メソジスト大学、クリーブランド音楽院などで学びながら、ハワイ交響楽団、カントン交響楽団、マンスフィールド交響楽団、ファイアランズ交響楽団といったプロオーケストラでも活躍しています。
このように NDCP は、若い打楽器奏者にとって大きな可能性を広げてくれるプログラムです。日本の打楽器奏者の皆さんにも、ぜひこの存在を知っていただけたらと思っています。
スミス恵美
※本記事は、打楽器芸術協会(Percussive Arts Society)の学術誌《Percussive Notes》2024年4月号に掲載された記事をもとに、訳者であるスミス恵美さんがJPC向けに加筆・修正したものです。

By:アーロン・T・スミス
2023年10月、私は「Network for Diversity in Concert Percussion(NDCP)」の理事数名とビデオ通話で話をしました。この文章は、そのときのインタビューと、その後のメールでのやり取りをもとにまとめたものです。
NDCP の公式サイトによると、NDCP は演奏家、教育者、そして企業から成る団体で、プロのパーカッショニストを目指す人たちを支援するネットワークです。特に、ブラック、先住民、ヒスパニック/ラテン系、アジア系、太平洋諸島系、クィア、女性など、音楽界で十分に代表されてこなかったコミュニティの出身者を主な対象とし、コンサート・パーカッションの世界における公正性・多様性・インクルージョンの向上を目的としています。
現在のアメリカでは、オーケストラや室内楽団、オペラハウス、軍楽隊や吹奏楽団、ミュージカルのピットオーケストラ、大学や音楽機関の打楽器セクションの顔ぶれが、アメリカ全体の豊かなバックグラウンドやアイデンティティ、物語を十分に反映しているとは言えません。 NDCP は、その背景にある要因に向き合い、改善していくことを使命としています。
NDCP には二つのアーティスト・プログラムがあり、コンサート・パーカッション界全体のリソースを活かしながら、公正性・多様性・インクルージョンの課題に取り組んでいます。具体的には、アドボカシー(権利擁護)、メンタリング、プロとしての成長支援、個人およびグループのセッション、機材や施設へのアクセス、そして経済的支援といった形でサポートを行っています。
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NDCP 誕生の経緯
NDCP のアイデアは、2020年夏にディネシュ・ジョセフ、その妻のジャニーン、友人のジョナサン・ビセシの三人の対話から生まれました。彼らはアメリカ社会に存在する不平等について話し合い、「パーカッショニストとして、私たちに何ができるだろうか」と自問しました。ディネシュは「アンサンブルが“アメリカの楽団”だと言うためには、そのメンバー構成もアメリカ社会の姿を反映していなければならない」と語っています。
ディネシュとジョナサンは、自分たちが音楽家として成長できたのは、「的確なアドバイスと質の高いトレーニング」にアクセスできたからだと気づきました。そこで、そのような機会から遠ざけられてきた人たちにも同じアクセスをどうすれば提供できるかを考え始めたのです。この構想をさらに具体化する過程で、ジョンはアラナ・ヴィージングを招き、組織づくりを進めていきました。
本格的な準備は 2020 年末から 2021 年にかけて行われ、その間にミッションの明確化と理事の選出が行われました。法律面では、ワシントン D.C. を拠点とする弁護士で理事でもあるローレン・サンドグラウンドの役割が大きく、非営利団体としての枠組みづくりに大きく貢献しました。 NDCP は 2021 年 7 月に正式に発足しました。
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組織の構成
NDCP の理事会は 9 名で構成されており、打楽器奏者だけでなく、他分野のメンバーも含まれています。各理事は 1 つ以上の委員会に所属し、それぞれ担当する役割があります。理事会には 2 名のインターンが加わり、さらに複数の芸術団体で経験を積んだアドバイザリーボードが組織を支えています。
組織の中枢となるのがエグゼクティブ・コミッティで、カリキュラム、マーケティング、開発(資金調達)という 3 つの委員会の委員長で構成され、NDCP 全体の方針を決定します。
- カリキュラム委員会:担当講師やクラス内容の決定、「ギア・ガレージ(機材支援)」の運営、卒業生向けの助成金(Alumni Futures Grants)の管理などを行います。
- マーケティング委員会:SNS や広報活動を担当します。
- 開発委員会:資金集めや助成金申請を行います。
NDCP がいう「コンサート・パーカッション」とは、主に交響楽団、吹奏楽、室内楽、ソロ演奏などの文脈で演奏される打楽器を指し、マーチング系とは区別しています。ただし、マーチング・パーカッションの経験がある学生が応募できないわけではなく、「コンサート・パーカッションに関心があること」が参加の条件とされています。
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アーティスト・プログラム
NDCP には、一年間(10 月〜翌年 5 月)のアーティスト・プログラムが 2 種類あり、それぞれ定員は 5 名です。
- Youth Artist Program:中学 1 年生〜高校 3 年生相当(grades 6–12)
- Emerging Artist Program:18〜25 歳
両プログラムの参加者は、以下のような多面的なサポートを受けます。
- 月 2〜3 回のグループまたは個人セッション
- ユースオーケストラ、フェスティバル、サマーキャンプ、オーディション、学会やコンクールへの参加費や渡航費の補助
- コンサート・パーカッションの楽器や練習場所の確保・利用に関する支援
さらに、Emerging Artist たちは Youth Artist へのメンターとしても活動し、上下の世代間での学びの循環を生んでいます。
最初の 2 年間だけで、各年度のコホート(同じ年度の参加者)は、オンラインで約 20 回におよぶマスタークラスやセッションに参加しました(個人レッスンなどは含まず)。一部の 1 対 1 のセッションは対面で行われることもありますが、活動の大部分は Zoom を通じて実施されています。これらのプログラムに参加するための受講料は不要です。
これまでのセッションには、以下のような演奏家・教育者が講師として参加し、多様なテーマが扱われました(ごく一部):
- ジャヴォン・ギリアム:プロとしてのキャリア形成
- エイミー・スタブス:ティンパニマレットの巻き方
- ジョシュ・ジョーンズ:オーケストラ・スネアドラム
- シンシア・イェー:オーケストラ・マレット
- サード・コースト・パーカッション:室内楽、録音、ツアー
- ボニー・ホワイティング:スピーキング・パーカッション作品
- アンジェラ・ザター・ネルソン:オーケストラ・アクセサリーズ
- チヒロ・スナイダー:フリーランスやブロードウェイでの仕事
- Sō Percussion:室内打楽器アンサンブル、ツアー、録音
- レオ・ソト:オーケストラ・ティンパニ
- ジェフ・ルフト:ビジネス開発・アントレプレナーシップ
- ナンシー・ゼルツマン:マリンバ
- ブリトン=ルネ・コリンズ:マリンバと室内楽
- Escape Ten:大学学部入試に向けた準備
NDCP は、参加者の学校やレッスン環境を「置き換える」ことを目的とはしていません。それぞれが置かれている環境を尊重しながら、「そこに追加で支援を重ねる」ことを目指しています。年度の初めには、参加者一人ひとりと面談を行い、その年の目標を共有します。特に高校や大学の最終学年の学生に対しては、進学や大学院進学にかかる費用面のサポートも含めて具体的な計画を立てていきます。
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ギア・ガレージと卒業生支援
プログラムの一環として、「ギア・ガレージ」と呼ばれる機材支援も行っています。ここでは、マレットや教則本、楽器などを提供し、参加者が練習や演奏に必要な道具を確保できるようサポートしています。
現在 NDCP は 3 期目の学生たちを迎えており、それと同時に卒業生に対する支援も継続しています。卒業生たちは毎年少なくとも 2 回のオンライン・マスタークラスに招かれ、現役のアーティストたちと顔を合わせ、自身の経験を共有する機会を得ています。さらに、オーディションのための旅費・宿泊費、録音セッション、サマー・プログラムやインターンシップ、必要な機材の購入などを助成する「Alumni Grants」も用意されています。
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ガイダンス・カウンセラー制度
NDCP では、アーティスト・プログラムに参加していない打楽器奏者やその指導者、家族に向けても、「パーカッション・ガイダンス・カウンセラー」による無料相談を提供しています。対象は、やはり十分な支援を受けにくいコミュニティに属する人たちです。
ガイダンス・カウンセラーが提供する主なサポートは次のようなものです。
- 個人レッスンの先生の紹介
- 参加に適したアンサンブルの提案
- 音楽キャンプ、フェスティバル、オーディション、演奏機会の情報や紹介
- 打楽器の購入・レンタルに関するアドバイス
- 推奨される教則本や教材の紹介
- 自分に合った音楽大学や専攻の選び方に関する助言
- あらゆる種類のオーディション準備に関するアドバイス
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少人数制へのこだわりと学びの特徴
NDCP は、より多くの人に手を差し伸べたいと考えながらも、アーティスト・プログラムの定員をあえて各 5 名に絞っています。アラナ・ヴィージングによれば、この少人数制のおかげで、参加者同士が安心して交流し、理事との距離も近い「安全で親密な場」を保つことができます。人数を増やしすぎると、一人ひとりに十分な時間と注意を向けることが難しくなるからです。少人数だからこそ、学生たちは質問したり、人前で演奏したりすることに安心感を持てるようになります。セッションは Youth と Emerging を分けて行う回もあれば、二つのコホートを合わせて行う回もあります。
ヴィージングは、もっとも大きなインパクトを持つクラスは、いわゆる「基礎テクニック」のみを扱う回ではないと述べています。ビセシは、アーティストたちが自分のキャリア目標を語る内容を聞いていると、意識しているかどうかにかかわらず「起業家」としての姿を描いていると感じたといいます。そのため、NDCP のクラスでは、作曲家への委嘱の進め方や、助成金の申請方法など、ビジネスの側面を学ぶ機会も重視されています。コホートはさまざまな分野の専門家とつながることができ、プログラムとしてもできる限り幅広く、多様なトピックを扱うことを目標としています。
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参加者にとっての意味と「ネットワーク」というキーワード
プログラム 1 年目が終わった段階で、理事会は「二つのプログラムで学生に負担をかけすぎていないか」を検証しました。その議論の中で、ビセシは長年教育現場で働いてきた母親に意見を求めました。彼女は「学生たちは毎回のセッションを心待ちにしている。しばらく続けると、もはやこれなしの生活は考えられなくなるでしょう」と語ったそうです。
実際、学生たちは Zoom のミーティングに入った瞬間から、他の場では感じられない「居場所」と「自信」を得ていると話しています。自分と似たバックグラウンドを持つプロの演奏家に会い、同じような夢を持つ同世代の仲間と時間を共有することは、大きな力となっています。こうした経験によって、コホートのメンバー同士、そして理事との間に強い絆が生まれました。理事たちは、NDCP が単にアドバイスやトレーニング、楽器を提供する場を超え、「ネットワーク」そのものになったのだと気づきました。つまり、トレーニングやマスタークラス、機材は「目的に至るための手段」であり、最終的な価値は、人と人とのつながりにあるということです。
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卒業生の「成果」と今後のビジョン
理事会に卒業生の具体的な成果を尋ねると、ビセシは「そこが難しいところなのです」と答えました。 NDCP 側が一方的に「成果」を決めてしまうのではなく、それぞれのアーティストが、自分自身の現実と目標に照らして「何を成果とみなすか」を決めるべきだと考えているからです。
そのうえで、卒業生の中には学校やサマー・プログラムに合格した人たちがおり、その過程で NDCP が、指導教員との最初の接点になったり、飛行機代や宿泊費、レッスン料を支払ったりと、重要な役割を果たした例も少なくありません。多くの卒業生が、「ネットワークで過ごした時間によって、打楽器界における準備が格段に整った」と語っており、理事たちはそれこそが大きな誇りだと述べています。
NDCP の目標は非常に大きなものですが、理事会は同時に、組織の規模に関しては現実的であり続けてきました。無理な拡大を避け、少人数を維持することで、組織が長く存続できるようにしているのです。小さく始めることで、そこから卒業生同士のネットワークが広がり、プログラム内外の新たな世代に影響を与えていくと考えています。現在の理事であるマルコム・テイラーも、もともとは NDCP のインターンとして関わり始めた人物です。
ビセシは、NDCP を「いつか大きなオークの木に育つ苗木」としてイメージしていると話します。将来、理事会のメンバーは、自分たちの顔を直接知らない人たちによって構成されるかもしれませんが、そのときには「昔、こんな人たちがこのネットワークを始めたらしい」と物語として語り継がれていてほしい、と願っています。その未来像のなかで、NDCP が自らの卒業生たちによって運営される日を想像することは、決して難しくありません。
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筆者について
アーロン・T・スミスは、Percussive Notes 誌で教育部門のアソシエイト・エディターを務めるフリーランス・パーカッショニストで、主にコンサート・パーカッションの分野で活動しています。ロサンゼルスを拠点に演奏や教育活動を行い、教師としてはカリフォルニア州立大学ノースリッジ校(CSUN)とロヨラ・メリーマウント大学で教鞭をとっています。これまでにミッチェル・ピーターズ、レイナー・キャロル、マイケル・パッカー、ランディ・グロスらに師事しました。
記事原文
執筆者: アーロン・T・スミス|翻訳:スミス恵美
取材協力:PAS(PERCUSSIVE ARTS SOCIETY)
Special Thanks to:
・Aaron Smith :PAS Assoiate Editor for Education
・Joshua Simonds: PAS Executive Director
・Rick Mattingly: PAS Executive Editor
・Paul Buyer : PAS Editorial director
・Julie Hill :PAS Editorial director
編集:JPC MAG編集部

