ドラム道場からのレッスンリポート
ドラム道場からのレッスンリポート 第6回|ぼっち選びの危機回避~シンバル選びの基準と分岐~
こんにちは、ドラム道場・講師の市川宇一郎です。このコーナーでは、ドラム道場の生徒さんとの質疑応答をみなさんに紹介しています。参考になれば幸いです。
レッスンでは、奏法以外に、機材についても尋ねられることがあります。Nさんもそんなひとりで、彼はシンバルを買い換えようかどうしようかと考えている最中なんだそうです。
「以前、オールマイティーに使えるってことでAジルジャンの20インチのライドと18インチのクラッシュと14インチのニュービートを買ったんです。5~6年使ってきましたけど、最近、ちょっと飽きて来たんで買い換えようかなと。」
そんなNさんに、どんなシンバルの音が欲しいのかを聞いてみました。
「それが、どんな音が欲しいかと言われても、どう選んだらいいのか、よくわからなくて・・・」
だったら、まずはざっくりとトルコ系シンバルなのかヨーロッパ系シンバルなのか、というあたりから絞り込んだらどうでしょう。トルコ系シンバルはジルジャンを代表とするトルコ伝統の倍音の混じった味のあるシンバル音を特徴としていますし、一方のパイステを代表とするヨーロッパ系シンバルは澄んだきれいな響きを特徴としています。
「やっぱりトルコ系ですかね。これまでジルジャンの響きに慣れてますから。」
そんなトルコ系シンバルには、Kジルジャン、コンスタンチノープル、イスタンブール、ターキッシュ、ボスフォラスなどがあり、シンバル音につよいこだわりを持つジャズ系ドラマーに好まれています。ここで、それぞれのメーカーの響きの特徴を挙げることもできますが、ただ楽器の響きというのはどんなに言葉を尽くしてみてもピタッと言い表せることは出来ません。こればかりは実際に叩いてみて、その響きを聴いて感じるのをオススメします。
「そうですよね。まずショップに行ってみますよ。叩いてみなけりゃ、わかりませんからね。」
ただ、その際、ふだんNさんが使っているスティックとシンバルをぜひ持っていってもらいたいんです。
「自分のシンバルなんか持っていって、どうするんです?」
自分のシンバルと店のシンバルを叩きくらべてみるんですよ。すると、違いがよく分かるんです。そういう聴きくらべをしながら、最終的にNさんが求めているシンバルを絞り込んでいくんです。
ところが、自分のシンバルを持って行かないと、あれもいい、これもいいと迷いが出るだけでなく、自分のシンバルと店のがどう違うのか分からないんですよ。それでも選びつづけていると、しだいに耳が疲れてきて、ワケが分からなくなって、行き詰まっちゃうんです。ジツは、私にもそういう経験があるので、よく分かるんですよ。そんなとき、あぁ、自分のシンバル持って来れば良かったなぁと。
「なるほど。自分のを持っていけば、それを基準に客観的に判断できますもんね。」
そう、それにね、客観的に聴くということでは、店のスタッフにN君のシンバルと店のシンバルを交互に叩いてもらって、N君はそれをちょっと離れたところで聴く、というのも有効なやり方なんです。こうすると、近くで聴いていたときには分からなかった響きの違いがよりハッキリしてくる。これは、シンバルだけじゃなくて、スネアなんかを選ぶときにも役立ちますよ。
「そんなに違いがでてきますか。」
近くで聴いた時はとってもいい音だったのに、少し離れたところで聴いたら響きがあまり遠くまで伝わらず、ショボイ音だっていうことがあります。こういうのは、いわゆる『ソバ鳴り』といいます。反対に、『遠鳴り』といって、近くでは音が暴れてうるさく感じられたのに、離れた場所にもよく響く楽器もあります。
こういう違いを判断するには、楽器から離れたところで客観的に聴くことが必須なので、店のスタッフの協力が必要です。
「いやぁ、面白いですね、シンバル選びって。」
それとね、Nさんのバンドにあったシンバル選びも忘れないでほしいんですよ。Nさんはビッグ・バンドとコンボのふたつのジャズ・バンドをやっているでしょ。じつのところ、このふたつのバンドでおなじトップ・シンバルを使うのは、かなりキビシイんですよ。
ビッグ・バンドだと管楽器やトランペットの大音量のなかでも埋もれないくっきりとしたトップ音が必要になるでしょ。だから、ある程度の厚みのあるトップを使って、シンバル音をバンドのすみずみまで届かせないといけません。
ところが、ピアノ・トリオのような小さなコンボだと、そんなに厚めのシンバルよりも、むしろ愛いのある音で響く薄めのシンバルのほうが合うでしょう。ま、これは好みの問題もありますけど。
「ロック・バンドだとどうですか?」
ハードなロックをやるなら、その大音量に負けないくっきりしたライド音を出す厚めのトップがいいでしょうね。でも、フォーク・ロックやアコースティックなバンドで使うのなら、もっと薄いシンバルの方がアンサンブルに馴染みそうですね。
「うーん、そういうことなんですね。」
ただ、厚めだ薄めだと言っても、なにを基準にしてるか分からないでしょ。これはあくまでも私の場合ですけれど、20インチのトップ・シンバルの場合だと、2000グラムつまり2キロ・グラムが判断の基準になっているんです。
2キロをほんの少し下回るだけで、シンバル音は柔らかくて倍音の多いダークな感じになるんですよ。逆に2キロを越えていくと、音はその輪郭をくっきりさせ、ツブ立ちのあるハッキリしたライド音になっていきます。その境目が2キロなんですよ。もちろん、私自身の判断基準ですから、誰にでも適用できるもんじゃありません。でも、その数字を自分で持っているかどうか、それが大事なんですよ。
ちなみに、私が使ってるパイステ602のトップは2000グラムを少し切ります。だから、パイステなのにトルコ系シンバルのような濁った暗い音が出るんですよ。これが魅力的でね、ずっとこれを使ってるんです。
「20インチのトップで2キロが分岐点ですか・・・」
あくまでも私の基準ですよ。NさんにはNさんの基準があるんです。その数字をつかむことが大切なんですよ。
以前、私が中古シンバルに夢中になっていた頃、お店のスタッフと電話でこんなやりとりをしたのを思い出します。『20インチのトップ、入荷したんだって?何グラムなの?え、2000グラムを少し切ってる。いいねぇ、それ、あとで見に行きますから押さえておいて。』
「重さで音の状態がわかるんですね?」
ある程度ね。だから、Nさんもいろんなシンバルを試奏して、いいなと感じたシンパルの重さをチェックしておくといいね。たぶん、その数字は他のメーカーのシンバルを選ぶときにも役立つかも知れないし。
「そんなそうにしてシンバルを選んでる人がいるなんて、なんかすごいですね!」
そういうことを知ってたほうが便利だし、まちがいも少ないんですよ。それにね、そういうマニアックな客のために、シンバルの重さを表示している店もあるんですよ。
「そうなんですか!ところで、これもマニアックな話になりますけど、シンバルって使うほどに育っていくって言われるでしょ?それはどういうことなんですか?」
シンバルって、たたき込んでいくと、だんだんいい響きになっていくことがあるんですよ。だからって、力づくでジャンジャン叩いてもダメですよ。金属って一定の振動を与えていくと、分子構造が変化していって、いい鳴りに成るらしいんですよ。それを『育つ』と言ってるんです。
それとね、最近のシンバルはふつう表面にクリア塗装してます。だから、何年経ってもきれいでしょ。それにくらべ、昔のドラマーが使ってたシンバルの写真を見ると、もうサビで真っ黒になってるでしょ。ああなると、音はけっこう変わってきますよ。 はじめの高音域のキラキラした音が落ちついてくるって言うか。これも『育つ』の一種なんです。
それを求めて、買ったばかりのシンバルの表面を特殊な溶剤で磨いて塗装を落としてしまう人もいます。ジツは私もやったことがあるんですけど、たしかに音は変わりますよ。で、シンバルはピカピカ!でもね、それはごく最初だけで、その後どんどんサビてくるんです。塗膜のないシンバルのサビ方は速いですよ。あっという間にサビでいきます。それと同時に、音もどんどん変化して、さっきも言ったように、落ちついた音になるんです。
「なんかシンバルって面白いですね。いいのを買いたくなりますよ。」
そう言えば、いつも私が、ドラム・シティでシンバル購入者のためのイベントみたいなのあったらいいな、企画してほしいって言ってるんですよ。もし告知があったらチェックしてみたら。
「そうですね。そういう場を利用して、自分の探してるシンバルが見つかったら、ネットの安いところで購入しようかな。」
Nさん!それはダメ、そんな楽器選びは!シンバルって、基本的に手作りなんですよ。おなじシリーズでも、みんな音は違うんです。オンリー・ワンなんです。楽器店で見つけたシンバルの音は、そのシンバルだけの固有な響きで、ネットにあるおなじメーカーのシンバル音とは異なるんです。
これがね、ペダルとかスタンドならどこで買っても変わりはありません。でも、楽器は一台一台まったく異なる音を持っていますから、いい音だなと思ったそのものを買うようにしないと、大きな失敗をしてしまいますよ。
おなじ品物なら少しでも安く買いたいのは誰でもおなじです。でも、さっきも言ったように、楽器は叩いて、ホントに気に入ったものを選んでください。これが楽器選びのコツなんです。叩くことも手にすることもできないネットでの楽器購入は、私には恐ろしすぎて出来ません。ま、これも意見のわかれるところかも知れませんが。
それでは、また次回、お会いしましょう。
■市川宇一郎(いちかわういちろう)プロフィール
1954年、東京都生まれ。
学生時代からジャズのライブハウスなどに出演。
卒業後、ジャズ・ピアノ・トリオを中心にプロ活動をはじめると同時に、音楽専門学校の講師としてリズム教育にも従事。音楽雑誌の執筆や著作活動に重点を置くようになる。
86年には、プロドラマーの自主的勉強会として「ジャパン・ルーディメンツ・クラブ」を主宰し、独自の練習メソッドや会報を作成する。
現在は、執筆活動とともに浅草ドラム道場(コマキ楽器)等で後進の指導にあたっている。
著書に、『ロック・ドラム練習のコツ教えます』(ドレミ楽譜出版社)、『続・リズムに強くなるための全ノウハウ』(中央アート出版社)、『リズム・トレーニング強化 書』『極私的モダン・ジャズ・ドラマー論』(ともに音楽之友社)ほか多数