ドラム道場からのレッスンリポート
ドラム道場からのレッスンリポート 第5回|個の巧さと集の上手さ
こんにちは、ドラム道場・講師の市川宇一郎です。このコーナーでは、ドラム道場のレッスンで生徒さんから寄せられた質問をみなさんに紹介していこうと思います。
今回の質問者は、プロ・ドラマーをめざして練習に励んでいるO君です。ドラム歴は長く、ライブ活動も盛んにやってきましたが、そこに彼なりの悩みもあるようです。
さっそくO君の話を聞いてみましょう。
「これまではライブ活動をとおして名前を覚えてもらおうとやってきましたが、どうもそれだけじゃ足りないような気がして。そこで、最近、少しでも知名度を高めようと、テクニカルなドラム・ソロをネットにあげてるんです。
そんなとき、あるプロ・ドラマーに言われたんです。『そんなドラム・ソロをネットにあげたって、プロになる道なんか開けないよ』って。正直、驚きました。ホントにそうなんでしょうか?」
O君の話を聞くまでもなく、ここ数年、ネット上に難易度の高いドラム・ソロをあげるドラマーが増えてきました。そんなドラマーの何割がプロ指向なのかは知るよしもありませんが、O君がそのひとりだというのは確かなようです。
問題なのは、ネット上にドラム・ソロをあげてもプロの道は開けないのかどうか、ということです。結論から言えば、私の意見はさきのプロ・ドラマーと大きな違いはありません。
「ライブ活動だけでは、ドラムの技術を披露する場がないんですよ。まさか歌のバックでドラム・ソロをするわけにも行きませんし。だから、ネットにドラム・ソロをあげて、自分はこんな叩き方ができるんだ、とアピールするのはムダじゃないと思うんですが。」
そんなO君の気持ちはよくわかります。バンド演奏ではやれない技巧的なフレーズだって、ドラム・ソロでなら思う存分できますから。でも、私が心配しているのは、プロになろうと訴える手段が、どうして技巧的なドラム・ソロになってしまうのか、ということなんです。
言うまでもありませんが、O君はあくまでもバンドの一員としてプロになりたいんであって、ドラム・ソロで食べていこうと思っているんじゃありません。なのに、ドラム・ソロをその手段として使うのはどうしてなんでしょうか。そこに考え方のズレがあるように思えるんです。
すると、O君がこう反論しました。
「でも、バンド演奏だと自分の実力を発揮できないんですよ。だからドラム・ソロで自分の技術のすべてを表したいんです。そのほうが僕というドラマーをわかってもらえると思うんですよ。」
でもね、O君、考えてみてください。ネットのドラム・ソロを見て騒いでいるのは、その多くが一般の音楽ファンなんですよ。プロがそれを見て、どのドラマーをバンドに加入させようか、とチェックしているんじゃありません。そこが問題なんです。
それに、いいドラマーを探している側の立場になって考えてみてください。超絶技巧のドラマーだから加入させようなんて誰が思いますか。ドラマーを探している側は、バンドのなかで心地よいビートを送り出し、上手にアンサンブルをまとめられる人を求めているんです。その上で優れたドラム・ソロが出来れば言うことはありませんが 、それは絶対条件ではありません。
「ドラム・ソロの技術がどんなに高くても、プロになるための判断材料にはなりませんか?」
ドラム・ソロのプロになるんだ、というのならアリでしょうが、プロのバンドに加入するための判断材料にはならないでしょうね。ドラム・ソロの技術の高さをバンドのドラマーの上手さと同一視してはいけませんよ。
すると、私とO君のやり取りを黙って聞いていた生徒のFさんが話に割って入ってきました。
「このあいだ、ネットの超絶技巧のドラム・ソロを見たんですけど、手足の猛烈な速さや、複雑なフレーズを次々に繰り出す機敏さとか、これがおなじニンゲンがやれることか!とホントに感動しました。
でも、感動はしたんですけど、それはスポーツなんかですごいワザを見たときのそれで、音楽的な感動とはちょっと違うんですよ。その違いを言葉にするのはむずかしいんですけど、『巧い』のだけど『上手い』のではない、というか・・・」
うーん、Fさん、とても上手いことを言ってくれました。彼女とおなじ印象をもつ人は少なくないでしょう。圧倒的な手数と高度なテクニックに満ちたドラム・ソロに驚嘆はするけれど、それはスポーツ的、曲芸的な凄さであって、音楽的な感動とは異なるようだ。そんな感想をもつ音楽ファンは少なくありません。
しかし、ドラムをやっている人のなかには、テクニカルなドラム・ソロを追究するのを喜びとする人たちもいます。ニンゲンのできる限界に挑むような究極のドラム・ソロを求めて、ストイックな個人練習に明け暮れているドラマーを私は知っています。
もちろん、それはまちがいではありません。そういうドラムの楽しみ方もあるのです。しかし、それはバンド演奏でドラマーに求められる音楽性の追究とは異なるものということは、はっきり理解しておくべきです。
さきの相談者のO君に注意してほしいのは、ワザの習得ばかりに明け暮れると、パンドの中での音楽の追究と道がそれてしまうよ、ということなんです。そこにワザの追究の落とし穴があります。
バンドのドラマーとしてプロになりたい人は、その落とし穴に気づいていればいいんですが、高い技術を持つことがドラマーの上手さだとカン違いしてしまうと、あとで路線を変えるのはタイヘンです。
では、バンドの一員としてのドラマーの上手さとはどんなものでしょうか?
「音のきれいさ」「テンポ・キープの良さ」「音符の正確さ」「アンサンブル・ワークの良さ」「リズム感の良さ」「読譜力のつよさ」「さまざまなジャンルを演奏できる守備範囲の広さ」などなど、あげればキリがありませんが、それでも言い尽くせないものが残ります。それを一言で言えば、「音楽性の高さ」と言えるでしょう。抽象的ですが、やはり音楽性なんです。
具体例をあげると、ドラマーはベースと良好な音楽的関係をつくります。ベースとバスドラムのリズムを一致させて心地よいグルーヴをつくり出したり、手数の多いペースとは、あえて控えめでシンプルなフレーズを叩いて、アンサンブルを煩雑にさせないように気を配ったりします。
また、バンド全体のつくり出すリズムに対して、ドラマーはジャスト(ビートとぴったり一致)や前ノリ(ビートのやや手前)や後ノリ(ビートの後)で対応して、アンサンブルのノリを心地よくまとめたりします。そのいい例が2・4拍目に叩かれるスネアのバック・ビートです。心地よいバックビートにはドラマーの高い音楽性やセンスが表れる部分で、それは「テクニック」と呼んでもいいでしょう。
また、音楽性の高いドラマーは、譜面に書かれた4分音符を演奏される曲の雰囲気に沿って表情を変えて叩くことができます。譜面に書けば、どれもおなじ4分音符です が、8ビートなら8分音符の表情で、シャッフルでは弾んだ感じの3連譜の1打の表情で叩き分けられます。そんなことはどんなドラムの教本にも書いてありませんが、プロのドラマーなら自然にやっていることです。これも高い音楽性に支えられた演奏技術と言っていいでしょう。
これ以外にも、インプロビゼーションの多い演奏では、メロディー楽器と対等の立場でフィルを入れて、メンバーの気持ちをあおったり、曲調を変えるようなリズムを送り出すこともあります。
ま、キリがないから止めましょう。言うまでもありませんが、今まであげたことが、ドラム・ソロでは表現できないんです。なにしろ、たったひとりで演っているのですから、できるハズがありません。ワザの高さとか、フレーズの多さなどは表現できても、ドラマーがバンド・アンサンプルのなかでどんなふうに叩けるのか、ということはドラム・ソロでは分からないのです。
そんな話をしていたとき、O君がこう言ったんです。
「要するに、バンドのなかでどう叩けるのか、というドラマー本来のあり方で勝負しなければならないということなんですね。」
そうなんです。ドラム・ソロがダメなんじゃなくて、それだけではドラマーのアンサンブル能力や音楽性を知る材料にはならないんです。ドラマーの真価は、やっぱりアンサンブルのなかで発揮されるんですよ。
すると、O君、こう聞いてきました。
「ドラム・ソロだけでコンサート活動をしているプロもいますよね。それについてはどう考えているんですか?」
それは、ドラム演奏の一面だけをとりあげた使い方ですよね。ドラム本来の使い方じゃないけれど、そういう演奏があってもいいんじゃないでしょうか。
私も、以前、ドラムだけのライブをやったことがありますよ。メロディー楽器をまったく入れずに、ドラムだけで2時間ほど演奏したんです。いやぁ、大変でしたよ。 その日、私はテクニックをひけらかすだけのソロはやるまいと肝に命じてライブに臨みました。もっとも、ひけらかすようなテクニックもありませんしね。とにかくソロを音楽的に構成しようと考えたんです。そうすれば、取り留めのないソロにはならないだろうと考えたんです。
それと、緩急のつけ方ですね。細かい音符ばかりをずっと打ちつづけると、はじめはいいんですが、しだいにうるさく感じるようになります。だから、細かい音符を打ちつづけたら、つぎに大きな音符をもってきて、ゆったりさせる。細かい音符の洪水のようなドラム・ソロは、とにかく耳が疲れてしまいますからね。それを防ぐのは、構成と緩急なんですよ。
ネットに紹介されているソロの多くは、細かい音符の連続ばかりで、間とか休符といったものがほとんどないでしょ。これでもか!これでもか!というほど圧倒的な音符量で押しまくってきます。ゆったりと聴かせるスキマがあったら、そこに音符をギューギュー詰め込んでくる。テクニックの高さを見せようというソロは、そんなふうになってしまうんですよ。余裕がない。だからドラム好きの人でさえ、ずっと聴いてると疲れてイヤになっちゃうんです。
でも、カン違いしないで欲しいのは、ネットのドラム・ソロはすべてダメだなんて言ってるんじゃないってことです。ドラム演奏と言っても、いろんな側面があって、曲芸的なワザをストイックに追究して、ドラムだけの演奏をいかに音楽的にまとめるかと一生懸命に研究してる人もいます。だから、技巧的なドラム・ソロはみんなダメなんて考えてはいません。いろんなドラムの楽しみ方があるんですから。
でも、質問者のO君のように、バンドでプロ活動をしたい人は、そういう曲芸的なドラム・ソロで勝負しようとしてもダメなんです。バンド演奏でプロになりたい人は、なによりアンサンブルのセンスを磨くことが大切なんですよ。
オット、もう時間が来ちゃいましたね。次のクラスの人が待ってますよ。このつづき は、また次回やりましょう。それでは・・・。
■市川宇一郎(いちかわういちろう)プロフィール
1954年、東京都生まれ。
学生時代からジャズのライブハウスなどに出演。
卒業後、ジャズ・ピアノ・トリオを中心にプロ活動をはじめると同時に、音楽専門学校の講師としてリズム教育にも従事。音楽雑誌の執筆や著作活動に重点を置くようになる。
86年には、プロドラマーの自主的勉強会として「ジャパン・ルーディメンツ・クラブ」を主宰し、独自の練習メソッドや会報を作成する。
現在は、執筆活動とともに浅草ドラム道場(コマキ楽器)等で後進の指導にあたっている。
著書に、『ロック・ドラム練習のコツ教えます』(ドレミ楽譜出版社)、『続・リズムに強くなるための全ノウハウ』(中央アート出版社)、『リズム・トレーニング強化 書』『極私的モダン・ジャズ・ドラマー論』(ともに音楽之友社)ほか多数
執筆者:市川 宇一郎