つっちーの太鼓奇談
つっちーの「太鼓奇談」第二十二回|個の文化の融合による大衆の文化
※この記事は2019年1月発行「JPC 159号」に掲載されたものです。
JPC 会報をお読みの皆様、毎度おなじみ太鼓奇談のお時間がやって参りました。
そして、皆様あけましておめでとうございます。
30年続いた平成という時代ももうすぐ終わりですね。
思い起こせばこの30年、僕がこの業界に飛び込んで、アレヤコレヤと奮闘して いた30年でもありますw
いろいろ思い返すと顔から火が出るどころではなく、シン・ゴジラ並に放射能を撒き散らしたくなるようなことばかりです。それでもなんとかやってこられたのは一重に皆様が、(どういう理屈かはわかりませんが)僕のことを覚えていてくださって、連絡をくれ、ツアーやレコーディングに誘ってくれたことが奇跡のように積み重なってきたおかげだと感じます。
いつでもいい音楽のそばにいられるというのは「いい音楽を作り出す人」をお手伝いする身として極上の体験なのです。
時にはレコーディング・スタジオなどで無茶振りをされることも沢山あります。
例えば「キックのアタック消して」とか「タムのサスティンあと0.3秒短くして」 「パイステのハイハットでジルジャンみたいな音にして」などなど…
今から考えると全部とても楽しくてちょっと笑えるようなエピソードなのですが、 当時はもうしゃかりきにやってましたね。キックのアタック消すのは「ふわふわビーターを使えばいいじゃん」なんて今は言えるのですが、実は当時もふわふわビーターを使っていて、それでもまだ残るアタックを消してくれと言われ、打面ヘッドにギターなどを拭くクロスを四角く切ってヘッドに貼り付けたりするのですが、まだアタックが出る。時間は容赦なく過ぎます。しかも厚い布を貼れば貼るほど特定の周波数のアタックが出てくると来たもんだ。困った僕が手にとったのは、スタジオの廊下にぼろぼろになって放置されていたピアノのカバー。
ツルンとした黒いアレです。そのカバーをキックにまるごと被せて、カバーの上からふわふわビーターでヒットする。そうすると何故かアタックはきれいに消 え、「ぼふっ」と言う暖かくて太いサウンドが出ました。その時コントロールルームではちょっと諦めのムードだったそうですが、その音が出た瞬間、エンジニアとプロデューサーは思わず立ち上がって「おぉ!」と唸ったそうですw
僕が二十代の駆け出しの頃の話で未だにそのエンジニアさんとご一緒するとその時の話になります。「あの時ね、もっと時間がかかると思って出前のメニューみんなで見てたんだよ。そしたら君がササッと良いサウンド作ってくれたらからみんなご飯食べそびれちゃってね。だからあの日は終わった後に珍しくみんなでご飯に行ったの覚えてる?」
はい、よ~く覚えていますとも。銀座のとっても美味しいシチューを御馳走になりました。あの味は忘れられません。
お店の名前は忘れちゃいましたけどw
「タムのサスティンあと0.3秒」はボトムのテンションボルトを一本緩めると結構成功します。ただ、どこを緩めるかってハナシです。僕の中では「自分から一番遠いボルト」を緩めると面白いくらいサスティンをコントロールできるというのがジンクスみたいになっています。それも毎回ではありませんが…まずタムをヒットして全体的な余韻や音色を聞き取り、どこが淀んでいるのかを見極めて …ここからがコツですが、淀んでいると思ったボルトの反対側をちょっと緩めるとサスティンが面白いくらい変わります。これは本当に場数を踏んでいかないとわからないかもしれません。
場数と言っても何も仕事じゃなくていいのです。自分がいつも行く練習スタジオのセットでも、もちろん手元に自分のセットが鳴らせる状態の方はもう、夜な夜なその「一本のボルト」を見極めるために、なんならもう白装束ではちまきに蝋燭立てるくらいの勢いで集中してやればきっと見つかります。たぶん…w
「パイステのハイハットをジルジャン化」これはホントに無茶振りもいいところです。だったらもうジルジャン持ってくればいいじゃんと言いたくなりますが、まんまジルジャンはダメ、パイステのハイハットなんだけど、ジルジャンっぽい雰囲気もだしたいんだよね~…
内心(だよね~。じゃねえよこの野郎)と思っていてもそこは雇われの太鼓持ち。
なんとかしないと今日のお足は頂けない。となるとまだ幼い娘を露頭に迷わせてしまう…と、プッチンプリン並につるっつるの脳みそをフル回転させて、半ばやけくそで思いついたのが「ハイハットのカップの裏に細く切ったガムテを六角形に貼る」でした。これは全くの思いつきもいいところで、パイステのキラキラした成分をちょっと抑えたらジルジャンみたいな落ち着いた感じを出せるかもとやけくそでやりました。六角形なんて全く根拠がありません。完全に思いつきです。音響学やその手の専門家に問い詰められたら、一目散に走って逃げるしかありませんw
ところが、世の中恐ろしいことに思いつきが功を奏すことがよくあるのです。
そう、この作戦も大成功を収め、そのプロデューサーはその後事あるごとに僕を指名してくれて、たくさんのレコーディングを経験させていただきました。
ここまで書いたちょっとしたtipsは今となってはもう皆さんがちょっとyoutubeなどで調べればすぐ見つけられるようなことかもしれません。別に大したことじゃないんです。
でも、今となって考えてみると「なぜあの時あのやけくそが成功したのだろう」と思うのです。そんな時にとある大先輩と一緒に酒を酌み交わしている時に、こんな事を言ってくれました。「つっちーはさ、とにかく目の前の音楽がすべてなんだよね。だからみんなに重宝されるんだよ。」と。
我が意を得たり。です。いや、あの、不遜ですが、本当にそのとおりなのです。
僕は目の前に出された音楽がどんな音を求めているか、曲がどんなサウンドに鳴りたがっているのか、それしか考えていません。自分のエゴなんて一ミリもないのです。「この楽器を手に入れたからこの曲で使ってみよう」とか、「今日はスタジオでこのやり方を試してみよう」とか、ほとんど思ったことがないのです。
そりゃ新しいスネアを手に入れたら使ってみたいですよね。僕ならそれは自分のバンドで試します。僕が行く現場は「仕事」の現場。時間と技術を売って、日々の糧を得る。そこには雇い主が如何にいい音楽を聴かせられるか、演奏できるか、それが音楽としてちゃんと僕らの生きる世界に響いてくれるか、それだけなのです。
もちろん、その場に新しく手に入れた楽器がぴったり来ることも沢山あるでしょう。でも僕の信条として、自分がこれを使いたいから使うというのはドラムテックとしては有りえません。いくつか持ってきたなかで、「あ、これがいいんじゃない?」っていうことはもうよくあります。裏方の僕らが奏でる音にエゴを持ち込んではいけないと思っています。
ミュージシャン御本人が「最近コレ手に入れてさぁ、今日これ使いたいんだよね~」ってのは大歓迎です。だって嬉しいじゃないですか、誰だってそう思いますよね。でも、僕の立場でそれを言えるとするならば、もう何十年も付き合いがあって、お互いの好みをわかり尽くした相手、それでもまだ僕はまだ一歩下がっていたいと思います。
時々、若いミュージシャンから、楽器手に入れる時に相談されるときがあります。どこのメーカーがいいか、どの材質がいいか、サイズは?色は?ヘッドは?シンバル?ハードウエアは?楽器は際限なく選択肢があります。特にドラムは決まったセッティングというのが無いので本当に個人の自由ですから、そんなことを頼まれた日にゃもう大変です。
若いから、というわけでもありませんが、みんな迷います。
とても楽しくていい時間なのですが、迷って迷って決められません。そんな時、僕は一言だけアドバイスします。
かのSF超大作STAR WARSからのセリフ、「BELIEVE YOUR FEELING~自らの感性を信じること」を伝えます。
映画の中で、若きルーク・スカイウォーカーがフォースを身につける訓練の中でオビ・ワンが意識の中に語りかける言葉です。これは「失敗するのは自分の感性を信じられていないからじゃ」と言うマスター・ヨーダの言葉にも繋がります。
そう、皆さんが自分自身の中に鳴っているサウンドをもっと信じて、それを惜しみなく表現したい!と思えば楽器は向こうから近づいてくるのかもしれません。
俗に言う、「運命の出会い」的な奴かもしれません。
これって、いろんな事に言えることで、今の時代特に必要な事だと感じます。
先日、テレビのニュースを見ていたら渋谷でハロウィンの大騒ぎを報道していました。ハロウィンで仮装して楽しく過ごすことは僕自身、特に思うところはありません。中には面白い仮装をしている人もいました。でも、去年のあの騒ぎはただの「暴動」と言われてもおかしくない騒動でした。
若きエネルギーが爆発することは僕も理解できます。でも、彼らを見ていると思考が停止しているように見えました。
様々なご意見があるかとは思いますが、僕には彼らが「自分の価値観を信じられない、若しくは価値観が育っていない」様に写ったのです。とりあえずみんなで仮装をして渋谷に行けば盛り上がるし楽しいし、一体感とかあるんじゃね? 的な。
そこに文化的な価値観はあるのでしょうか?
一体、あの中で何人がハロウィンの本当の由来を知っているのでしょう?街は汚れ、破壊され、翌日の朝に映った景色は無秩序の成れの果てでした。
「みんながやるからわたしもやる」「みんなに嫌われないためにみんなとおなじことをやる」「え、だってみんなやってるじゃん」「え、やんないの?みんなやってるのに?」と言う同調圧力とでも言うのでしょうか…。
「ハロウィンってみんな騒いでいるけどいったいなんだろう…あの変なカボチャアタマはなんだろう」と一人ネットで調べて本屋さんに行って、「なるほどこういうことだったのね」と独りで自宅で盛り上がっている人のほうが僕は仲良くなれる気がしますw
他人からどう見られているか、こんな事をしたら嫌われるかもしれない、びっくりされてドン引きされるかもしれない…大いに結構です。他人が嫌悪感を抱くようなことはしなければいいのです。それは自分がされたら嫌なことをしなければいいだけのこと。返して言うならば、人が喜ぶことを考えてしてあげればいいと思うのです。
僕の周りにいる人達はみんな「いい音楽」が大好きです。
母親も娘も、別れた奥さんだって未だに音楽の話をします。今一緒に住んでいる彼女とだってもちろん盛り上がるし、仕事場に行けばそらもうアンタ音楽が好きじゃないと話にならないってなもんで。共通しているのが「え、それ知らない」っていうことに関して「え~知らねえの?そらダメだ」と切り捨てることは全くありません。知らないなら教えて上げればいいじゃん。そしたらまた音楽が広がるじゃん?と言う共有の概念が行き渡っています。イマドキの言葉で言うところの「シェアする」ってやつですね。みんな好みは違うし、価値観も着る服も違う、でもなんとなく共通点もあってあれこれ言い合ってお互いの違いを認めあって、違う価値観を共有して、どんどん「個の文化」を混ぜ合わせて「大衆の文化」に発展させていくような時代になればいいなと心底思うのです。最近地方に行っても地元の若者達から方言があんまり出てきません。よそ者の僕の前だからなのかもしれませんが、とても寂しい事に感じます。それも「田舎者だと思われたくない」からだよとある友人が僕にいいました。いやいや、田舎者だなんて思わないし!僕からしたら羨ましいくらいですよ。どんどん方言使っていきましょうよ、特に女性の方言はどこの地方でもとても良いものです。これは個人的好みかもしれませんがw
兎にも角にも、年が明けて平成という時代も終わりに近づき、新時代がすぐそこまで来ているわけで、ここ数年のギスギスした空気がどっと和らいで、少しでも呑気で気楽な世の中になっていくことを新年の祈りとして、そして、読者の皆様の家内安全商売繁盛技芸上達交通安全無病息災酒池肉林抱腹絶倒合格祈願安産祈願契約更新学力向上夫婦円満世界平和をお祈りして、今年もどうぞこの下らない連載にお付き合いくださりますよう、そしてこの太鼓持ちをご贔屓のほどどうぞ宜しくお願い申し上げます!
2019年新春
土田嘉範
■つちだ“つっちー”よしのり プロフィール
1969 年生まれ。11 歳の頃YMO の高橋幸宏に衝撃を受けドラムを始める。現在はフリーのドラムテック&ローディーとして矢沢永吉、高橋幸宏(METAFIVE,YMO)、松本隆(はっぴぃえんど)、林立夫(Tin Pan)、細野晴臣、[Alexandros]、Diggy-MO'、LITE、
星野源、ピエール中野、RADWIMPSなどのツアーやレコーディング、FUJIROCK FESTIVAL やSUMMER SONIC などの、夏フェスでのステージクルーとしてウロウロしている。
自身のバンド254soulfoodでは定期的にLIVEを行っている。
プレイヤーとしての参加作品はHARRY「BOTTLE UP AND GO」本園太郎「R135 DRAFT」「torch」など。
蕎麦と落語と読書に酒、煙草好きの堅太り。