ドラム道場からのレッスンリポート
ドラム道場からのレッスンリポート 第2回|吹奏楽部とドラムセット
こんにちは、ドラム道場・講師の市川宇一郎です。このコーナーでは、ドラム道場の日々のレッスンで、生徒さんから寄せられた質問をみなさんに紹介していこうと思います。参考になれば幸いです。
さて、今回は、かつて高校の吹奏楽部で打楽器を担当していたNさんの話を紹介しましょう。
「いつからそうなったのかは知りませんが、僕が高校生だった頃の吹奏楽部はもうすっかり女子部化して、女子特有の派閥みたいなものまでありましたね。そりゃ、男子の居心地は悪かったですよ。僕はたまたま女の兄弟のなかで育ったから、女子ばかりの環境には慣れてましたけど、そうでなけりゃ居られないでしょ。でも、そんなことより、モンダイなのは女子化した吹奏楽の演奏なんです。良く言えば繊細ですが、パワーやキレに欠けるんですよね。ロックの曲だって、こぢんまりしちゃう。そんななかで、うっかり気分にノッてドラムを叩こうものなら『ドラム、ウルサイよ、もっと抑えて』と声が飛んできます。そりゃ、アンサンブルでは音量バランスが大事なことはわかってます。でも、こんなに萎縮して叩かなくちゃいけないのなら、ドラムなんて入れなけりゃいいのに…。そう思うこともありました。」
Nさんの言うとおり、現在の中高の吹奏楽部は女子が圧倒的多数を占め、なかには男子部員がゼロという学校もあるようです。でも、女子が多いからドラムが叩きにくい、とはどういうことなのか、そのあたりをNさんに尋ねてみました。
「たとえば、男子校の吹奏楽の音量レベルを10としたら、女子ばかりの音量は6~7レベル程度。室内楽みたいに静かになっちゃうばかりかビートも弱い。音も小さくビートも弱いとなると、バンドのドラマーならわかってくれると思うんですが、ホントに叩きづらいんですよ。ましてや、ワイルドでダイナミックなドラミングなんて夢のまた夢ですね。」
それでもNさんは3年間部活をやりつづけました。彼はこう続けます。
「僕が部活を辞めなかったのは、後輩の女子ドラマーを育てる役目がありましたから。彼女はショットがしっかりしていないのに加えて、軽いスティックをあまり振り上げずに叩くので、太く安定した音が出ないんです。それに、譜面どおりには叩けるんですけど、躍動感というかノリがない。でも、そんな彼女のドラムのほうが僕よりウケがいいんです。嫉妬してるんじゃないんですよ。音量もビートも控えめでおとなしいドラムのほうが吹奏楽には合うんでしょうね。気づけば、どこの吹奏楽部も似たような叩き方をしています。このままだと日本の吹奏楽はヘンな方向に行くんじゃないかと…」
Nさんの指摘のとおり、中高の吹奏楽部の女子化に疑問をもつ人は少なくありません。それにしても、日本中、どうして女子ばかりの吹奏楽部になったのでしょうか。自分自身のことを振り返ってみても、私が高校生だった70年代前半、すでに吹奏楽部の女子化は始まっていました。もともと吹奏楽は軍楽隊に端を発していますから、男特有の力強い演奏が持ち味だったはずなのに、いつのまにか女子にとって代わられてしまったのです。こうなった原因には、女性の社会進出がその背景にあると説明する人がいます。吹奏楽に女子が進出したこともそのひとつだと言うのです。かりに、そういう背景があったとしても、では、男子が減っていったのはどうしてなのでしょう?元気で活発な女子が、男中心だった吹奏楽に進出したのは時代の流れから理解できますが、その一方で、男子が減っていったのは、なぜなのでしょう?
ジツのところ、男子は少しずつ吹奏楽部を「避けていった」んです。ここが問題なんです。女子の多い部に入るのをためらったんじゃないか、と考える人もあるかと思いますが、はじめから吹奏楽部に女子が多かったんじゃありません。ある統計によれば、1969年の時点では吹奏楽部における女子の比率は47%、女子が過半数を越えるのは1975年以降のことです。この60年代から70年代にかけて、なにがあったのか?とりわけ男子にとって、音楽的好みの劇的な変化があったはずです。
言うまでもなく、60年代以降、若者の音楽の中心となったのはロックです。ビートルズやベンチャーズ、そしてこれらのバンドに影響されて多発したグルーブサウンズ(GS)やハードロック。「ロックは不良のやる音楽だ」という当時の大人の非難をよそに、エネルギーに満ちた男子はロックに夢中になりました。流行りの曲をギターで弾いたりバンドでコピーしたりするのは、音楽好きの若い男子のあこがれでした。それは女子だっておなじでしたが、多くの女子はエレキ・ギターをもったりパンドを組むことまではしませんでした。当時の女子は、そこまで開放的になれなかったのです。社会的にも、自分自身のなかでも、ブレーキが利いていました。そこが現在と違うところでしょう。
彼女たちが夢中になったのは、大好きなロック・バンドのライプで金切り声をあげて応援することでした。なかには、エレキ・ギターやドラムをやってみたいと思う女子もいたでしょうが、それを実行するには相当な雰気や覚悟が必要だったと思われます。でも、おなじ音楽でも、吹奏楽なら話はべつです。不良(?) のやる音楽とはちがい、吹奏楽にはクラシック的な品の良さが漂います。親も反対などしません。加えて、おとなしい文化部のなかにあって、元気で活発な女子の目には、吹奏楽部は活動的で魅力的な部活に映ったことでしょう。一方、ロックの洗礼を受けた男子にとっては、事情はまったく異なり、エレキ・ギターやベースやキーボードやドラムスのない吹奏楽の演奏は、自分たちの内部に燃えたぎる熱い情熱を向ける音楽的対象には成り得なかったにちがいありません。
こうして、70 年代以降、吹奏楽部に占める女子の割合は除々に増えつづけ、男子はどんどん減りつづけていきました。体力を持てあます男子は、文化部としての吹奏楽部よりも運動部を選び、活発で元気な女子は、文化部のなかでも活動的で派手な吹奏楽部に注目したのです。そうして、ひとたび吹奏楽部に女子が増えてしまうと、男子はますます入いりづらくなっていきました。実際、さきのNさんも女子部化した吹奏楽部に入ろうかどうしようか迷ったとき、耳の奥にこんな声が聞こえてきた、と言います。
「男のクセに、吹奏楽かよ」
いま聞くと、ジェンダー意識の古臭さに驚かされますが、当時はそんなものでした。クラスメイトの目を気にするあまり、女子の多い文化系の吹奏楽部を避ける男子がいたのもうなずけます。
では、吹奏楽部に男子を戻すにはどうしたらいいのでしょうか?
たとえば、吹奏楽にエレキ・ギターやベースやピアノやキーボードを導入したらどうでしょう。やれないことはないでしょうが、それはもはや「吹奏楽」と呼べる音楽ではなくなります。指導者だって困ります。
選曲はどうするのか?
譜面はあるのか?
だいいち、そうなったら、ちゃんと指導できるのかどうか?
問題は山積みで、よほどの変化を起こさないかぎり解決はむずかしいようです。
ギターやベースの導入までいかなくても、多くの学校はドラムをとり入れるようになりました。でも、ドラムという楽器はベースやギターやキーボードと共にアンサンプルのリズム・セクションとして機能する楽器ですから、ドラムだけをとり入れたって、ホントはすごくやりにくいんです。たとえば、和楽器の伝統的な合奏のなかにドラムを入れてリズミカルにしようとするのとおなじです。
通常のバンド演奏の場合なら、ドラマーがじっくりと聴くのはベースです。ベース奏者が弾くビートのタイミングを慎重に聴き取り、これにバスドラムをピタッと一致させようと神経を集中させます。これはドラマーの大切な役目のひとつで、たんに譜面ヅラを合わせるのではなく、ノリをぴったり合わせるんです。それだけではありません。ギターやキーボードのバッキング・リズムとハイハット・シンバルを連動させたり、アンサンブルのもっとも心地よいポイントにスネアのバックビートを入れようと気を配ります。バンドのドラマーはひとりで黙々とリズムを刻んでいるだけじゃないんです。
ところが、吹奏楽でのドラム演奏に目を向けると、そういうアンサンブルはほとんど出来ません。ベースもいない、ギターやキーボードもいない、管楽器がそれを補っていると言われたって、おなじようにはいきません。どだい無理なんです。
とは言え、そんな吹奏楽という限定された環境のなかで、どれだけドラムという楽器の可能性を広げていくかという挑戦的な面白みはあるかも知れません。が、それが少数化した男子を呼び起こす原動力にはなりそうにありません。
だからと言って、吹奏楽部にポピュラー音楽やロック音楽を取り込んでも、男子は戻って来ないでしょう。ロック特有のエレキ・ギターもベースもパワフルなドラムもない吹奏楽では、ハードなロックを知った男子は満足できないからです。
だから、私は考え方を変えることにしました。もう吹奏楽部に男子を呼び戻すのは断念します。それに、もうすこし放っておけば、今より少しは男子の数は増えるでしょう。
なぜなら、ジェンダーの格差がなくなれば、「男のクセに、吹奏楽部かよ」という偏見も今よりは減るでしょうから。
今、求められるのは、いまや吹奏楽部の主役となった女子のリズム・アンサンブルを徹底的に強化することです。これはドラマーだけの問題ではなく、吹奏楽部員全体の問題です。
今の吹奏楽のままだと、ふつうにドラムを叩いたとしても「うるさいッ、もっと抑えて」と言われるのがオチです。たしかにアンサンブルのなかでドラムだけが突出してしまったら演奏になりません。だから、伸び伸びと叩きたいのをグッと我慢し、かなり音量を控えめにしてドラムを叩いている人が多いのが実情でしょう。もちろん、それはまちがった判断ではありません。
しかし、もし管楽器パートが今まで以上に楽器を大きく鳴らす技術を習得したら、ドラマーに今ほど負担のかかる要求をしなくて済むはずです。ドラマーの音量が大きいのではなく、管楽器の鳴らし方が小さすぎるのです。これは、あまり言いたくないのですが、女子の演奏は男子の演奏にくらべると、どうしてもパワーやパンチが劣ります。
女子化した吹奏楽部には、この音量不足という問題に真剣に取り組んでもらいたいと考えます。コンクールに向けての練習も大切ですが、楽器を十分に鳴らす技術と体力を身につけるのを優先してほしいのです。
ジェンダーの問題がクローズアップされるこの時代に、女子化した吹奏楽部について語るのは、ヤッカイな部分がありますが、そのひとつに男女の体力差があります。女子に男子並みの筋力や肺活量を求めるなんてことは考えていませんが、今のように楽器の鳴らし方が不十分なままで曲を演奏しても、それが聴く人の心を打つとは思えないのです。
お腹にズシンと響きわたるサックスの低音、耳をつんざくトランペットの高音、会場全体の空気を大きくやさしく包み込むフルートやクラリネットの音。それらに加えて、管楽器がひとつのフレーズをユニゾンで思い切り吹いたときに生まれる、あの音圧。聴く者のからだを押してくる、あの風圧。それこそがブラスバンドの醍醐味ではないでしょうか。そんな圧倒的な管楽器演奏に囲まれて、ドラマーには伸び伸びとドラムを叩かせてあげたいのです。そんな迫力のある演奏は、きっと会場でそれを耳にした男子の多くに確実に、しかも感動的に伝わることでしょう。
「イイね。オレ、吹奏楽、演ってみようかな」と。
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■市川宇一郎(いちかわういちろう)プロフィール
1954年、東京都生まれ。
学生時代からジャズのライブハウスなどに出演。
卒業後、ジャズ・ピアノ・トリオを中心にプロ活動をはじめると同時に、音楽専門学校の講師としてリズム教育にも従事。音楽雑誌の執筆や著作活動に重点を置くようになる。
86年には、プロドラマーの自主的勉強会として「ジャパン・ルーディメンツ・クラブ」を主宰し、独自の練習メソッドや会報を作成する。
現在は、執筆活動とともに浅草ドラム道場(コマキ楽器)等で後進の指導にあたっている。
著書に、『ロック・ドラム練習のコツ教えます』(ドレミ楽譜出版社)、『続・リズムに強くなるための全ノウハウ』(中央アート出版社)、『リズム・トレーニング強化 書』『極私的モダン・ジャズ・ドラマー論』(ともに音楽之友社)ほか多数
執筆者:市川 宇一郎