ドラム道場からのレッスンリポート
ドラム道場からのレッスンリポート 第3回|ダウンビートとアップビート
こんにちは、ドラム道場・講師の市川宇一朗です。このコーナーでは、ドラム道場の日々のレッスンで、生徒さんから寄せられた質問をみなさんに紹介していこうと思います。参考になれば幸いです。
さて、今回の質問者のYさんは、海外のポピュラー音楽全般をよく聴く生徒さんで、ドラム歴はもう30年にもなります。ある日のこと、そんな彼が、こんなことを話し始めました。
「日本人のロック演奏と海外のを聴きくらべると、どうしてもノリの違いが気になるんですが、この違いを埋めるにはどうすればいいのか、そこが知りたいんです。」
Yさんのように、外人のようなノリを得たいという生徒さんは少なくありません。なかには、本場のノリを習得しようと留学する人もいますが、現実はそんなに甘くはないようです。というのも、ノリの違いは音楽リズムだけでなく、ノリに深くかかわっている要素、とくにその国の「ことばのリズム」や「ダンス」や「日常の生活の動作やリズム」など、広く「文化全般」を理解することが不可欠になるからです。
「ノリをつかむって、カンタンじゃありませんね。ま、仕方ないですよ。」
Yさんの言うとおり、ロックを生んだ国の人たちと私たちのリズムやノリが異なるのは仕方のないことです。なにしろ音楽も文化も欧米とは大きく異なる日本人が海外の音楽を演奏するのですから、ちがって当たり前なんです。でも、そのちがいをマイナスにとらえるんじゃなくて、むしろプラスにすることはできないものか?最近、私はそう思うようになりました。
今や、ロックやジャズは世界中に広がりました。インドにはインドの、スペインにはスペインの、ブラジルにはブラジルのロックやジャズがあり、その国らしい雰囲気を持っています。それらは発祥国のロックとは多少ムードが異なりますが、だからと言って「ブラジルのロックはヘンだ、スペインのロックはロックじゃない」なんて言う人はいません。それどころか、ブラジル民俗音楽のショーロやサンバやボサノバの香りが漂うロックやジャズのなんと魅力的なことか! スパニッシュ・ギターの熱き情熱をたたえたスペインのロックのなんとすばらしいことか!
いろんな国の音楽文化に交わると、ロックやジャズは発祥国とは別の香りを漂わせるんですね。それはマイナスどころか、発祥国にはない良き特徴というものでしょう。
ところが、日本ではどうでしょう。私たちは、オリジナルの演奏を大切にしようと思うあまり、自分たちの「らしさ」を生かすどころか、自分らしさを殺して原典の通りに演奏することばかりに時間をかけてきたように思われて仕方ありません。
みなさんは、欧米人に「日本のロックって、どんな特徴があるの?」と尋ねられたらどう答えますか?自信をもって「これだよ!」と言えるもの、ありますか?「欧米人がやっているのか?と聴きまちがうような演奏をめざしている」なんてまちがっても言えませんよね。それじゃ、アイデンティティーも何もない。
すると、Yさん、こう言ったのです。
「だからと言って、平板でおとなしい日本人らしいリズム演奏に自信を持てって言われてもなぁ…」
なるほど日本の伝統的なリズムはおとなしいし、平板です。能の演者が舞台で頭を上下させずにスリ足で滑らかに歩く、あの静かで平坦な動きは私たちの伝統的なリズム感が凝縮されているように感じます。そもそも、日本人のリズムに大きな影響を及ぼしている日本語という「ことば」は、上拍(アップビート) と下拍 (ダウンビート)でつくられる上下動に富んだ英語とは異なり、ダウンビートばかりで、ウラ拍からオモテにかけてことばのまとまりをつくりません。メロディーがウラ拍から自然にスタートしないのはそのせいで、話しことばにないのですから、音楽にないのも当然なんです。
そこから抜け出して、英語の歌のような雰囲気をつくろうと、日本語を吐き出すように歌ったところで、それは本質的なリズムを変えるわけでもなく、それどころか何を歌っているのか聴きづらくするばかりです。
また、英語の曲のようにウラ拍から始まるメロディーをつくってみても、たしかに面白いリズム効果を生み出しはしますが、日本語の流れは不自然になり、歌詞は理解しづらくなります。かつて、朝ドラの主題歌で「ズットミ、守って~」というのを聴いたとき、思わず思考停止になりました。「ズットミ」ってナンだ?それが「ずっと見守って~」と歌われているのに気づくまで、ちょっと時間がかかりました。日本語を英語の歌のようにウラ拍から始めると、大半が日本語の自然なまとまりを壊してしまうので、意味不明になったのです。
ここに欧米のリズムを導入するむずかしさがあります。安易に洋楽リズムのやり方を取り入れてもダメなんです。日本語を壊さないようにしながらリズムをつくっていかないと、せっかくの作品が台無しになってしまうのです。
「音楽って、ことばと深い関係にあるんですね。」
そうなんです。Yさんの言うとおり、ふだん使っていることばのリズムや抑揚やアクセントが音楽に反映されるんです。そんな例を以下に紹介しましょう。
レガートにつけたことばに注目してください。
①は私たち日本人の多くが使っているもの、
②と③はアメリカのドラム教本に紹介されたものです。
これらは、たんに英語と日本語のちがいだけに終わりません。①の日本語では音符とことばはぴったり一致していますが、②の「スパン」の「ス」や③の「シャッ」の「シ」の部分は音符と一致せず、音符の直前にあります。ここが日本語と異なるところです。
じゃ、「ス」は何だと言えば、これはスティックをすばやく振り上げるときのタイミングなんですね。③の「シャッ」についてもおなじです。「シ」のタイミングではシンバルは鳴りません。ここでスティックを振り上げる、そんな音にならない部分をことばにしているんです。そんなふうにしてリズムを打ちますから、日本語で打ったときとのちがいは歴然です。
参考動画:Spang a Lang:by Ulysses Owens, Jr.
ところで、リズムの違いをつくる要因はことばだけでなく、日常生活の動作も影響を及ぼします。そして、そこにも日本と欧米のちがいがあるのです。さっそく8ビート・リズムを例に説明しましょう。
上は、欧米人(とりわけ英米人)の一般的な8ビート(ロック・リズム)のとらえ方を示したものですが、ここに日本人のリズムの取り方との違いが見られます。英米人の場合、矢印で示したように、8 分音符の⇧で腕を持ち上げ、⇩でそれを落としますが、その力の入れ方は、⇩で「リラックス」し、⇧で「テンション」をかけるという作の繰り返しになります。
それを聞いていたYさん、こう口をはさみました。
「それって、自分たちのやり方の逆ですよね。僕らは⇩で力を入れて、裏拍の⇧の部分はむしろ軽く叩くようですけど・・・」
そうなんです。Yさんの言うように、日本人の多くは、表拍にカをグッと入れて叩くので、そこを「リラックス」して叩けと言われても、納得できない人が多いのです。一方、英米のドラマーの場合、⇧で重力に逆らってスティックを持ち上げ、⇩でそれを脱力しながらショットしているんです。つまり、力を入れて腕を持ち上げるから、次の瞬間、それをリラックスして落とせるというふうに、アップビートとダウンビートを「原因」と「結果」の関係にとらえているんですね。
これに対して、日本人の多くは次のように叩くのが一般的です。
この場合、「弱」の部分では腕にカを入れずにフワッと持ち上げながらショットします。
これは、⇧(アップビート)で重力に逆らって腕を持ち上げ、つぎの⇩のために「位置エネルギー」を蓄える、という運動の理論とは異なり、「強」の打ち込みにそなえて、ただ腕をフワーと持ち上げる感じです。だから、洋楽特有のアップビートとダウンビートの繰り返しで起こる躍動的な上下動は生まれません。しいて言えば、「弱」は「強」の打ち込みの直前に置かれた時間的な「間」のようなものと理解するのが適当でしょう。
このように、よくよく8ビートの本質をきわめていくと、私たちの伝統的な音楽リズムには無いリズムの要素が含まれていて、カンタンに実践できるものではないことがわかります。「8 ビートなんて、譜面どおり叩けばいいんだから、そんなむずかしくはないよ」というドラマーも多いようですが、リズムのちがいはそうかんたんに片づけられるものではありません。
こんなふうに、音楽リズムはそれぞれのことばや生活のリズム( 動作)などを土台にしているのですが、それをどのくらい日本の私たちが理解し、どこまで取り入れていくか、ということが大切なのでしょう。
「ガイジンとすべておなじようにやりたい」という人もいれば、「ここまではおなじにやるけれど、あとは日本人のリズムを生かしたい」という人もいるでしょう。
みなさんは、どう考えますか?
大切なのは、みなさん自身がどうしたいのか、英米人とおなじようにやりたいのか、日本人のリズムの特徴をうまく取り込みながら自然体でやりたいのか、をハッキリさせたうえで、自分のめざすゴールに向けてまっしぐらに練習していくことでしょう。
それでは、また次回、お会いしましょう。
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■市川宇一郎(いちかわういちろう)プロフィール
1954年、東京都生まれ。
学生時代からジャズのライブハウスなどに出演。
卒業後、ジャズ・ピアノ・トリオを中心にプロ活動をはじめると同時に、音楽専門学校の講師としてリズム教育にも従事。音楽雑誌の執筆や著作活動に重点を置くようになる。
86年には、プロドラマーの自主的勉強会として「ジャパン・ルーディメンツ・クラブ」を主宰し、独自の練習メソッドや会報を作成する。
現在は、執筆活動とともに浅草ドラム道場(コマキ楽器)等で後進の指導にあたっている。
著書に、『ロック・ドラム練習のコツ教えます』(ドレミ楽譜出版社)、『続・リズムに強くなるための全ノウハウ』(中央アート出版社)、『リズム・トレーニング強化 書』『極私的モダン・ジャズ・ドラマー論』(ともに音楽之友社)ほか多数
執筆者:市川 宇一郎