tucchie's Taiko Strange Story
つっちーの「太鼓奇談」第二十七回|「静けさ」の虜
※この記事は2020年4月発行「JPC 164号」に掲載されたものです。
JPC 会報の読者の皆々様方、毎度おなじみ太鼓奇談のお時間がやって参りました。
さて、この号が出る頃はもう四月ですね。僕も無事に五十一歳の誕生日を迎え、確実に歳を重ねております。
あと九年で還暦とか、想像もできません。まぁ、還暦になったからと言って今の世の中特段いいことがあるわけでもなく、不安しか無い老後がジリジリと迫ってくるだけですが。
この原稿を書いているのは二月の頭、ちょうど僕ら個人事業主が大量の領収書やら支払調書やら帳簿やらと戦う確定申告の準備期間と重なるわけです。
この確定申告というのがまためんどくさい。
いや、普段からちゃんと帳簿つけて入出金の管理をしていればいいだけの話なのですが、もとから音楽のことと、飲み食い道楽のことしか頭にないポンコツおじさんの僕にそんな自己管理能力があるわけもなく、もしあったとしたら今頃会社の一つも興してそれなりに裕福な生活を送っていたのかなとも思います。しかし今そんな事を言っても何一つ変わらないわけで。粛々と数字とにらめっこしています。
今年はこの時期にツアーも重なり、旅先のホテルで静かに確定申告やってみるかと書類関係をスーツケースに詰め込んで旅に出ていざホテルの部屋で広げて「よしやるぞ!プシュッ!」何だ今の音は。プシュッってなんだ?あ、ビール呑んでやがる…というわけで自室で音楽聴きながらビール呑んでご機嫌になってそのままベッドへ…おおかたご想像のとおり、確定申告の書類は余計な荷物になっただけで1ミリも進みません。気を取り直して家で一人の時間にせっせとパソコンに数字を打ち込み結構今日は捗ったぞと言うところで猛烈な睡魔…。これには抗えません。
「ヨシ、頑張ったから一時間だけ昼寝しよう…」
白昼の居眠りほど気持ちいいものはありません。
窓際で冬の日差しを感じながら我が家で暖房を担当しているオイルヒーターの優しげな暖かさが深い眠りを誘います…畳のほのかな匂いと乳香の香りが脳の奥をとろけさせます…
ハッと気がつくと部屋はもう真っ暗。
おそるおそる時計を見ると…九時。寝すぎました。
まぁしかし、この呑気者は世知辛いこの時代に何を書いているのでしょうかねぇ。
閑話Q題。
気持ちよく居眠りもして頭がスッキリしました。
三年ほど前から住んでいるこの部屋、何故かとても良く眠れるのです。特に初夏の昼間、ほんのり夏の暑さもありつつ、窓を開ければ爽やかな風が部屋を通り抜ける。
畳の上に枕を置いて、タオルケットをお腹にかけて、いざ!昼寝。
平日の午後、街は人通りで賑やかなのですが、僕の住むこのアパートは通りから一本入った静かな場所。
東京のど真ん中とは思えないほど静かなのです。
ここに越してきてからというもの、僕は「静けさ」の虜になってしまったようです。
普段思いっきりやかましいドラムと言う楽器を相手に仕事をしているせいか、家に帰ると静けさを求めてしまいます。
耳休めと言う言葉が僕の中では随分昔から馴染み深い言葉でして、仕事でどんなに素晴らしい音楽に接してきても、家に帰ると全く違う音楽を聴いてリセットすることが習慣となっていました。それは時には音楽ではなくて、読書だったり、レイトショーの映画だったり、はたまたお酒を飲みに行ったり…。その時々で様々なリセットをしてきました。
ですがここ数年、ダントツに多いリセット方法は「静けさ」です。
賑やかな仕事場から帰ってきて、荷物を置き、部屋着に着替え、ほっと一息。
妻と他愛のない話をしながら、今日一日の出来事をビール片手に聞く。
休みの日になれば、朝から掃除だ洗濯だと大騒ぎなのですが、それでもうるさくは感じません。
今年のはじめ、いつも持ち歩いているラップトップの中に溜まったデータを整理していた時のこと、ツアー先で部屋にいるときに観るお気に入りの映画が入っているフォルダを整理していたのですが、お気に入りばかりなので削除できるわけでもなく、増える一方でして、しかも久しぶりなタイトルを見つけると案の定映画を観始めてしまい、時間はどんどん流れていく。だいたいそういうときは妻が日中仕事に出ていて、僕が主夫やっているときがほとんどですね。
そんな中、先日ひさしぶりに観た大好きな一本が、「博士の愛した数式」という映画でした。
原作は小川洋子さん、第一回本屋大賞で一位を取った作品です。
2003年に出版され、2006年に映画化されました。

大まかなあらすじは、交通事故による脳の損傷で記憶が80分しか持続しなくなってしまった元数学者の「博士」と、彼の新しい家政婦である「私」とその息子「ルート(博士が息子につけた愛称√記号のように頭が平らだったことが由来)」との心のふれあいを、美しい数式とともに描いた作品の映画版。ご存じの方も多いかと思います。
数学博士は寺尾聰さん、家政婦は深津絵里さん、博士の義理のお姉さんは浅丘ルリ子さんと、俳優陣も豪華です。音楽は加古隆さん。
そうだ。僕は中学生の時に、六本木ピットインという老舗ライブハウスに加古隆トリオを聴きに行ったことがあります。
ピアノ加古隆さん、ウッドベース吉野弘さん、ドラムはポンタさんという素晴らしいトリオでした。終演後にコーラが入っていた空の紙コップを持っていた僕に気さくに話しかけてきてくださった加古隆さんがビールをつぎそうになったので、「あ、僕まだ中学生で…」と言って笑いあったことは昨日のように思い出します。
「なにか楽器やっているの?」と優しく尋ねてくださる加古さんに僕は「ドラムやっています!」と答えると、そばで呑んでいたポンタさんに「ねえポンタ、この子ドラマーなんだって、話してあげてよ」とつないでくれたので、まだウブだった僕はびっくりしちゃってしどろもどろになったのもいい思い出です。
映画の話に戻りましょう。
この映画の何が好きかと言うと、「静けさ」なのです。
日常の静かな暮らしの中で起こる様々な出来事、そして、日々の生活の中でうつろう一人ひとりの心模様。
普段は自室にこもって数式と愛を交わす博士が、時がたつに連れ、なにかが変わっていき家政婦が料理をする様をじっと眺めている…煮炊きをする音、包丁とまな板の音、洗い物の音、その何気ないただの家事を見て博士はしみじみ言うのです「ああ、なんて静かなんだ…」と。
その表情は全身に安らぎを感じ、その時間に身を委ねきり、至福の時間を味わっている表情でした。
僕にはその気持がよく分かるのです。そのシーンを見るたびに、僕も安らぎを感じてしまいます。
最近、ドラムのチューニングをしているときにも、この静けさというやつが僕の頭から離れません。
ドラムという楽器の魅力の一つにその音量がもたらす迫力というものがあるかと思います。しかし、最近の僕はドラムに静けさを求めてしまうところがあります。
あれはいつでしたか、アメリカン・ポップスのマエストロ、ヴァン・ダイク・パークスが来日した時のこと。
ヴァン・ダイクはドラマーを一人連れてきて、ベースとハープは日本のミュージシャンと組んだビルボードでのライブ仕事でした。ドン・ハフィリントンというそのドラマーは、決して大きな音は出さないプレイをしていました。
音楽のスタイルもさることながら、その静謐なトーンは僕に大きな衝撃を与えてくれました。簡単に言うと「音ちっさいのにグルーヴのエネルギーが半端ないっす」ってかんじです。
ヴァン・ダイク・パークスの音楽を知らない方、ぜひ聴いてくださいね。
「ソング・サイクル」「ディスカヴァー・アメリカ」辺りがおすすめです。
熱いプレイは好きですが、暑苦しいプレイは苦手。
ま、時として音楽に合っていればいいんだけど…w
暑苦しい音楽もあんまり聴かない僕としてはその時のグルーヴ感が忘れられませんでした。
そうそう、つい先日この映画を観る前に旅先のホテルで聴いていたのはヴァン・ダイク・パークスやハーパーズ・ビザール、バーズにプロコル・ハルムなどと言った奥行きのある音楽ばかりでした。そんなのを聴きながらなにか映画を観てみようかなとラップトップの中を探していたときに「博士の愛した数式」のファイルを久しぶりに開いたというわけです。
劇中にひっそりと聴こえてくる加古隆さんの音楽がとてもすばらしいのです。確かアカデミー賞の音楽賞を取ったはず。
さて、ドラムという楽器は棒っ切れで引っ叩けば誰でも音は出せる楽器です。非常にシンプルですね。打てば響く。
特にここ15年位はいろんな楽器が百花繚乱してきていて、プロ・アマ問わず表現の幅が広がったように見えます。
でも、どうでしょう?楽に色んな音を手に入れられるようになって、音楽自体も楽に奏でられると誤解している向きもあるように感じます。簡単に耳に付きやすい音ということで、ドラマー達は硬い音を好み、まろやかなサウンドはどんどん隅に追いやられているような時期もありました。
今はダークでロウなサウンドが流行っているようですが、それも静けさとは程遠い部分もあります。まぁ、時代のトレンドとなるポップミュージックは賑やかで華やかじゃないとって部分が多くあるのでそれはそれで僕も楽しく聴いたり、サウンドメイキングを手伝ったりしているわけですが、それでも僕はスネアのイントネーションやタムの色気、キックのふくよかさに、少しだけ「静けさ」のエッセンスを入れたくなります。そう、ほのかに香るお香のように。
僕が今住む街は古い街なので、あちこちに神社仏閣があります。休日に妻と散歩していると、どこからともなくお香の香りが漂って来る時があって、その香りをたどっていくとお寺さんがあるわけです。折角なので境内にお邪魔してお賽銭の一つも投げて、手を合わせて行きます。
何気ない普段の景色に潜む静けさとはあまりにも儚くて、小さいものなので、ちょっと大きな音や声であっという間にかき消されてしまいます。
その大きな声が美しければいいのですが、今どき聴こえてくる大きな声というのにきれいな声なんてのはほとんどありませんね。
音楽だけではなく、テレビをつけていても騒音ばかり。
SNS なんて覗こうものならもう、罵詈雑言の雨あられで、とてもじゃありませんが見ていられません。
政治経済文化という世の中の成り立ちの中でこれほど、ギスギスした時代がかつて有ったのだろうかとおもうほど、刺々しい情報がギスギスした音となって僕らにぶつかってきます。
「静けさ」を求め、愛する様になったのはそんな無差別攻撃から自分を守るためなのかもしれませんね。
難しくて速いフレーズをひっきりなしにプレイすることも時には大事なことだと思いますが、ゆっくりと深呼吸するようなテンポでシンバルをそっとプレイすることも大事です。
そんな音楽を探して僕は今夜も深い時間までインターネットの大海原をさまよってみたりしています。
ジョアン・ジルベルトやセロニアス・モンク、アルヴァ・ノト、ジェイムス・ブレイク、グレン・グールド、チェット・ベイカー、ビビオ、ボン・イヴェール、ディラン、細野晴臣、プロフェッサー・ロングヘア、ビル・ウイザーズ、ドビュッシー、美空ひばり(AI に非ず)、シネマティック・オーケストラ、デューク・エリントン、ファイルーズ、フランシス・レイ…などなど。様々な時代、国、人、それぞれが作り出した豊かな音楽に今夜も旅をさせてもらいます。
と、言うわけで、今回はこのへんで。次の旅へまもなく出発です。きっぷも旅支度もいりません。レコードに針を落とすだけ、もしくは再生ボタンをタッチするだけです。
それでは皆さんごきげんよう。またお会いできる日まで。
愛と平和を願って。

■つちだ“つっちー”よしのり プロフィール
1969年生まれ。11歳の頃YMOの高橋幸宏に衝撃を受けドラムを始める。現在はフリーのドラムテック&ローディーとして矢沢永吉、高橋幸宏(METAFIVE,YMO,THE BEATNIKS,etc)、松本隆(はっぴぃえんど)、林立夫(Tin Pan)、細 野 晴 臣、[Alexandros]、Diggy-MOʼ、ピエール中野、RADWIMPS、宇多田ヒカルなどのツアーやレコーディング、FUJIROCK FESTIVALやSUMMER SONICなどの、夏フェスでのステージクルーとしてウロウロしている。 自身のバンド254soulfoodでは定期的にLIVEを行っている。 プレイヤーとしての参加作品はHARRY「BOTTLE UP AND GO」本園太郎「R135 DRAFT」「torch」など。 蕎麦と落語と読書に酒、煙草好きの堅太り。
執筆者:土田 ”つっちー” 嘉範
編集:JPC MAG編集部
