From the percussion room of the world
世界の打楽器部屋から Vol.2|アメリカ合衆国・カリフォルニア 藤井はるか
世界各国で活躍されている日本人のみなさんを「打楽器」というキーワードで、それぞれの生活スタイルや現地の情報など、その土地目線でレポートしてもらう紀行シリーズ第二回目。
今回はアメリカ西海岸サンフランシスコを拠点に活躍されている藤井はるかさんに寄稿していただきました。
※この記事は2017年10月10日発行「JPC 154号」に掲載されたものです。
現地情報
- 国:アメリカ合衆国
- 地域:カリフォルニア州イーストベイ、サンフランシスコベイエリア
- 日本との時差:マイナス16時間
- 生活言語:英語
東京芸大を卒業後に渡米して来年で20 年になります。時に流れの早さに驚く、というのは月並みですが、あちらでの音楽生活が人生の半分になると思うと、「いつの間に!?」とやはり驚きを隠せません。今回はこちらの連載に寄稿させていただけることになり、半生を振り返りながら、漢字を思い出しながらの不得手な執筆になりますが最後までお付き合いいただければ大変光栄です。
● ニューヨーク奮闘記
「ニューヨークという街に住みたい、ジュリアードで勉強したい」というなんともミーハーな動機の元に、スーツケース一つで海を渡り、始まったアメリカ生活。よく「アメリカの大学は入ってからが大変」と言いますが、ジュリアード打楽器科が何に力を入れているかなど皆目知らず突入し、オーケストラ奏者養成学校さながらの授業とリハーサルの嵐、学科の勉強(代弁や昼寝はなし、、、芸大は素晴らしいところでした)と、英語習得の大波にしっかり飲み込まれ、溺れたり浮き上がったりを繰り返すうちに在籍3年間はさっさと終了してしまいました。溺れずに泳げるようになるのに3年、しかし食えるようにならねばどうにも、、、というわけで次の2年間はマネス音楽院に奨学生として通わせていただき、そこで初めて「で、何をやって食う?」という現実的な課題にぶち当たります。
オーケストラ、ブロードウェイ奏者、現代音楽、指導、などなど様々な選択肢がありますが、おそらくどの国のフリーランスシーンも同じく、憧れの業界の要人達といかにして繋がっていくかに卒業間近の学生達は皆必死でした。「後輩や弟子の面倒を見る」という習慣の薄いアメリカで、業界の輪の中に入り込む術を身につけるのが一番の試練だった気がします。
フリーランスの花形、本場ブロードウェイでエキストラとしての初仕事の日は忘れもしません。「リハーサルでお試し」が一度も許されず、ぶっつけ本番で採用か不採用か、音楽監督含めオケピット全体がヘッドフォンを通して聞こえる新入りの音に耳をすます瞬間。
私の演奏人生で最も緊張した瞬間ベスト3の一つです。あまりの緊張に吐き気と戦いながらも何とか無事終了し念願の「トラリスト入り」を果たしました。ブロードウェイの打楽器部屋というと、冗談を交わしながら楽しそうな弦管楽器群とは別の小部屋に一人押し込まれることが多く(遠く離れた違う階にあったり)身動きが取れるだけの小さなスペースに所狭しと楽器と指揮者モニターを並べ、よくみると足元にミニ冷蔵庫や運動用ダンベルが隠れていたり、各奏者のお宅訪問のような感覚で面白かったのを思い出します。
業界内に限らず、人との繋がりはやはり一番大切で、無理に繋がろうと気張った縁よりも、長い年月の間に少しずつ、気づけば繋がっていたような縁は太く長く、そうやって飽きもせずお付き合いして下さる方々に囲まれて、音楽人生を続けられていると思っています。先日も、ほぼ毎年講師を続けてきたジュリアード音楽院の高校生対象打楽器夏期講習の為に20 年近く経ても変わらぬ様相の3 階打楽器部屋に到着すると、今年から新たに講習総監督に就任したサム・ソロモン始め、同期前後の卒業生やお世話になった先生方が講師陣として続々出没し、長く続けると楽しいことが起こるものだな、とタイムスリップして学生に戻ったような錯覚を楽しみました。
この講習は、アメリカの主要音楽大学受験を目指す高校生を対象に、NYフィル奏者など豪華なゲスト講師陣に学ぶ合間にNY音楽生活を垣間見ることもでき「受験前にこの講習を受けていたらスタート地点がずいぶん進んでいただろう」と受講者が羨ましいくらいです。毎回7月の半ばに行われるので日本の高校生の皆さんは夏休み前で参加が難しいところですが、アメリカ大学を視野に入れている方々には是非お薦めしたい講習です。
● シルクロードとの旅
少しずつ繋がっていった縁に導かれて8 年前からメンバー入りしたシルクロード・アンサンブル。チェリストのヨーヨー・マが17 年前に創立し世界20カ国以上のアーティストを率いて音楽活動を続ける室内楽グループです。「 音楽界の国連」などという愛称でも呼ばれる私達は、他グループにない打楽器奏者の多さでも珍しがられます。主要メンバー21 人のうち、インドのタブラ奏者に韓国のチャング奏者、その他にアメリカ人パーカッショニストが3 人に私、の6 人がリズム隊を担当し、ツアー先では世界中の打楽器部屋におじゃましてリハーサルを行います。ヨーヨー・マを含めメンバーは皆家族のように仲良しでリハーサルやゲネプロ中までじゃれ合ってよくマネージャーに怒られる私たちですが、音楽作り中は真剣そのもの。言語、文化、歴史、更には楽譜の読み方まで違うアーティストの集まりなので今までにないアンテナと想像力を要求されます。タブラ奏者の作曲作品となると、口伝えの高度なリズム解読から暗譜まで、西洋音楽の脳みそでは理解不可能なフレージングなどに他メンバーが必死で取り組みます。逆に、タブラパートもしっかり記譜してある現代音楽作品では立場が逆転、「助けてくれ~」とリハの合間に西洋的数え方と楽譜読解のレッスンになります。そんな文化交流さながらの音楽作りと、今日の国際社会における音楽の効用とその役割などを考えながら活動を続ける私たちの最新アルバム「 Sing Me Home」は今年度のグラミー賞ワールドミュージック部門に輝きました。故郷のメロディーをアレンジした私の作品「しんがしうた」も収録されています、是非ご拝聴くださいませ。
● 国境越えと大陸横断
15年過ごしたニューヨークを離れ北へ一直線、カナダ国境を超えてトロントという都市で2年半過ごした後、今度は大陸の反対側、西海岸のサンフランシスコ近郊ベイエリアに越して3年が経ちました。 各都市の微妙に異なる打楽器事情も様々で、面白い発見もありました。(決して引越しを趣味にしているわけではないのですが)例えば打楽器レンタル事情。ニューヨークでは各レンタル会社や個人のレンタルサービスが質と料金を競い、主催者や楽団が手配した楽器を使用するお仕事がほとんどでしたが、トロントでは奏者の持ち込みが通常、サンフランシスコ近郊では半々。などなど、各地の特性を楽しみつつ、しばらくは西海岸に腰を据えて、アメリカにおける東と西、太平洋を挟んで日本と米
国との交差点となるような音楽活動を展開していけたらな、という野望に向かって前進を続けています。日本でも、藤井里佳との姉妹ユニット「うたり」の公演やCD制作を通してアメリカ作品紹介や新作委嘱のプロジェクトを発表していく予定ですので、これからもどうぞ応援のほどよろしくお願いいたします!
藤井はるかプロフィール
東京藝術大学音楽学部打楽器科を卒業後、ジュリアード音楽院とマネス音楽院にて研鑽を積み、ニューヨークを拠点に打楽器ソリストとして作曲家・譚盾(タン・ドゥン)のオペラや打楽器コンチェルトで世界各地の主要オーケストラと共演するなどの精力的な演奏活動を開始。2010 年よりヨーヨー・マ率いるシルクロード・アンサンブルの正式メンバーに迎えられ、自作品「しんがしうた」を同アンサンブルと収録したアルバムが2016 年グラミー賞を受賞。現在はサンフランシスコ近郊に居を構え、ソロ、室内楽を中心に国際的な活動を続ける。ジュリアード音楽院打楽器夏期講習講師、アメリカ主要音楽大学にてマスタークラスを行うなど、後進の指導にも力を入れている。
※この記事は2017年10月10日発行「JPC 154号」に掲載されたものです。内容は掲載当時のままとなっておりますので予めご了承願います。
執筆者: 藤井 はるか