つっちーの太鼓奇談
つっちーの「太鼓奇談」第六回|ドラムセットチューニング概論
※この記事は2015年1月発行「JPC 143号」に掲載されたものです。
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JPC 会報をお読みの皆様、今回もやってまいりました、本誌与太話担当のつっちーです。皆様お元気でしょうか? 僕は今、寒風吹きまくり雪降りまくりの札幌でこの原稿を書いております。
たった今、すすきのにある「ガラク」というスープカレー屋さんで大変美味なスープカレーを食してまいりましたが、何せ辛い。最高40 辛と言う無謀な辛さを食らう、我がツアーのイカれたモニターエンジニアを横目に僕は15 辛と言う控えめな数値で挑みましたがそれでも全身から汗を吹き出し鼻水は垂れまくり、涙が止まらない辛さです。以前、一度だけその40 辛を一口頂いたことがあるのですが、それはそれは灼熱の辛さで、ドラムに例えて言うなら、「これ以上ないくらい絶好調のトニー・ウィリアムスが、爆速のビ・バップをレガートしているライド・シンバルを目前で聴いている」かのような強烈なものです。
普通なら「BPM280 のブラスト・ビート」とか、「片脚三連の200 越え2 バス」とか言うのでしょうが、僕の脳裏に浮かんだのは何故かトニー・ウィリアムスでした。カレーだからトニーの黄色いグレッチが浮かんだのかもしれませんが・・・。
と、本当にどうでもいい話でこのまま終わってもいいのですが、今回は珍しくドラムシティ西尾店長よりリクエストがありまして、それは何かと申しますと・・・
「読者より要望がたくさん届いているプロのチューニングに関する解説・アドバイス的な内容で」
というものでしたので、ちょっとそこらへんについて能書きを垂れて見ようかなぁと。
まず、良くドラマーに訊かれる事として、ざっくりと、
「チューニングをどうしたらいいかわからないんです」
と言われることが本当に多いです。これはプロ・アマ問わずですね。はっきり言って皆さんとやってることは「物理的」にはなぁんにも変わりません。ネジ締めたり緩めたりしてるだけです。
んじゃ、なんでネジ回してるだけで金になるのか?
それは的確さと素早さに尽きるのではないかと感じています。プロの現場では録音もライブも時間との戦いです。
ドラムのチューニングに何時間もかけられることはごく稀です。目安として標準的な4点セット+スネアドラムくらいを、チューニングする時間はせいぜい30 分くらい。早ければ15 分。
レコーディングなら一時間くらいかかっていても大丈夫な場合もありますが、ライブの現場では一時間もかけてたら、「あいつおっせえなぁ」ってことになりかねません。
今僕が回っている矢沢永吉さんのツアーでは、朝の9時に楽器を搬入して、ステージにあげられるのは10:30 ~ 11:00くらい。その間、ステージ袖や楽屋の廊下などでギターの弦を張り替えたりドラムのヘッドを張り替えたりするわけです。
んで、よーいどんで、ステージに楽器をセットします。
あっという間です。この時、ドラムセットはどんな状態かと言うと、見た目はいつも通りセットされていて音響エンジニアがマイクを立てていて、今すぐにでもライブができそうに見えますが、チューニングはカンカンのハイピッチです。
そう、ヘッドのストレッチですね。これについては色んなやり方があるのですが、矢沢永吉さんのツアーでは殆どが外人ドラマーで、ヘッドのストレッチを必ずやってほしいと言うオーダーもあり、僕自身のやり方も同じ感じなので、ひとまずカンカンにしてセットしてから昼食です。その後、他のローディー達と一斉に楽器チェックが始まるわけです。
ここで初めてドラムをチューニングするのですが、周りではギターやらキーボード、ベースがガンガン鳴っています。その中でその日最高のサウンドを素早く作りあげるわけですね。
和やかに冗談を言い合いながら、作業は進んでいくのですが、耳は完全にチューニングモードです。
パンパンに張ったヘッドを徐々に緩めていき、その太鼓の一番太く芯のあるポイントを見つける。ドラムセットは大きい順にチューニングしていきます。最低音のキックをとにかくビシっと決めるわけです。ミュートの入れ具合、フロントの張り具合、打面のアタック、全体の鳴り、ハードウェアのチェック・・・五分くらいでしょうか? マイクを通していないサウンドがホールに響きます。その時音響エンジニアは何気なくホールの鳴りをチェックしているようです。
フロアタム、タム、スネアとチューニングして、全体のバランスを見て最終調整。ミュートや共鳴のコントロール。
あ、そういうところが聞きたいんですよねきっと。
でもこれは文章で説明するのは非常に困難なのですよ。
「音」を聴いて感覚的に得たことを一旦頭の中で整理して、数値的な視点に置き換えているわけだけど、その理論がなんとも説明し難い。敢えて言うなら、「全体の空気感」を第一に考えるってことかなぁ。自己満足に終わらず、サウンドが前に飛んでいき、自分にもドシッと響いてくるような。
トップヘッドは音程で、ボトムヘッドは音色と言うのは僕のいつも通りのやり方ですが、ここには一つ面白い感覚があります。それは「割り切る」ことです。
ざっとこんな感じでチューニングして音を出してみると「あれ?変な倍音がいる」なんてことありますよね。僕らでもよくあります。そんな時、皆さんはその倍音をなんとかしようと一生懸命取り組んだりしていませんか?
僕はそんな時、その倍音の事はシカトして次のドラムをチューニングします。そうやってどんどん進んで行ってある程度出来上がったところでもう一回問題のドラムに戻ると、新鮮な耳で向き合える気がして、あっさり問題は解決することがほとんどです。
なぜならば、ドラムセットは様々な楽器が集まって出来上がるものですから、二つのタムの片方が変わればその隣も変わることが多いわけで。
フロアタムの倍音が変なままロータム、ハイタムと続けていくと、あら不思議、そんなフロアの倍音どこへ消えたの? ってなこともなきにしもあらずで。
他のドラムが助けてくれるんですね。共鳴し合い、吸収して、一つの楽器としてアンサンブルしてくれるわけです。
だから、ソコソコできる人の陥りやすいポイントはまさにそこなのです。
ひとつひとつはいい音なんだけど集まると、納得がいかない。
ヌケない、伸びない、芯がないと言う三重苦に悩まされる訳です。サイズも違えば場所も違うドラムを同じようにいい音にしてもそりゃあんた、纏まりませんぜ。
サウンドのイメージをきちんと持ち、どういうサウンドでどういうプレイで、どういう音楽を奏でたいのか。クソ真剣に悩みまくって下さい。
ビシっと芯のあるキック、ふくよかで表情豊かなスネア、色気のあるハイタム、ドスの効いたロータム、やんちゃなフロアタム。例えばこんなイメージで、チューニングをしてみたら、「全部いい音病」から解放されて、「全部好きな音」になるかもしれません。
楽器のサウンドなんて、百人百色で殆ど好みの世界でしかないわけで。
世の中で言われている「こうするといい」何て事が、自分にも当てはまるなんてそうそう無い事だと常日頃思っています。全ては自分がどんな音楽を奏でたいかを追求して、散々やり倒して色々と気がついてってのが音楽の醍醐味。
僕らはそれを人様のために手伝わせて頂いてるだけなのです。だから、プレイヤーとの「アレがいいよね、これ知ってる? 」なんていう話がすごく大事な訳です。奏者がどんなことを感じて何を表現したいのか。その要求に答えるべく経験と知識を常日頃蓄えておく。音楽だけじゃなくて本や映画、アート全般、美味しいご飯、お酒、恋愛、出会いや別れ、音楽は人生の様々な出来事や想いを共有する素敵な行為です。
最新の機材も勿論素晴らしいのですが、そこにこれしか無いという状況で「自分のサウンド」を出せるには幅広い視野と柔軟な考えとタフな精神力が物を言います。かく言う自分もまだまだ修行中。エラそうな事なんて言えたもんじゃありませんw
そんな事を感じながら、今日もどこかで僕は初対面の楽器と心の中で会話しているはずです。ツアーになれば数ヶ月間、同じ楽器と付き合うわけで、今日は機嫌いいね~、可愛いねぇ、という時もあれば、完全にヘソ曲げて知らん顔されちゃうときもあるのです。女心と秋の空、楽器の心も移ろい易いわけです。
そこをイカにタコに楽しめるか、それがチューニングの大基本なのかなぁと日々感じています。
何一つ具体的に説明出来なくてごめんなさい。まだお若い読者の皆さんにとってはこらからの人生経験を楽しんで迎え、諸先輩方の読者様に至っては、今迄の山あり谷ありの人生をどうぞ存分に注ぎ込んで芳醇なサウンドを響かせて頂けたらなと願ってやみません。なにもメジャーな場所だけに音楽はあるわけではなく、どこの街角にも、誰の心にもあるのだと僕は信じています。そんな素敵な音楽をこの一年奏でてきた読者の皆様にはご愛読頂いた感謝の気持ちと、2014 年をお付き合い頂いた感謝の気持ちを添えて、年末年始のご挨拶とさせていただきます。2015 年も皆様にとって、この国にとって少しでも明るく、愛がある一年になりますようお祈り申し上げます。
あ、連載が終わるわけではありません・・・
たぶんw
2014 年霜月
土田嘉範
※この記事は2015年1月1日発行「JPC 143号」に掲載されたものです。
■つちだ“つっちー”よしのり プロフィール
1969年生まれ。11歳の頃YMOの高橋幸宏に衝撃を受けドラムを始める。現在はフリーのドラムテック&ローディーとして矢沢永吉、高橋幸宏(METAFIVE,YMO,THE BEATNIKS,etc)、松本隆(はっぴぃえんど)、林立夫(Tin Pan)、細野晴臣、[Alexandros]、Diggy-MO’ 、ピエール中野、RADWIMPS、宇多田ヒカルなどのツアーやレコーディング、FUJIROCK FESTIVALやSUMMER SONICなどの、夏フェスでのステージクルーとしてウロウロしている。
自身のバンド254soulfoodでは定期的にLIVEを行っている。
プレイヤーとしての参加作品はHARRY「BOTTLE UP AND GO」本園太郎「R135 DRAFT」「torch」など。
蕎麦と落語と読書に酒、煙草好きの堅太り。
執筆者:土田 ”つっちー” 嘉範
編集:JPC MAG編集部