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対談|土田嘉範× 岡田梨沙「私のメロディ、私のリズム」
昨年のとある日、岡田さんとの会話の中で交わされた「つっちーさんと対談できたら面白いね、やりたいね」という何気ない一言で、実現した今回の対談。話題は普段の生活の中における男女の感覚の違い、恋愛、映画、食など多岐にわたり、非常に内容の濃いものとなりました。
ここでは音楽に関わる話題を中心にお二人の会話を覗き見させていただきましょう。
※この記事は2018年4月発行「JPC 156号」に掲載された記事になります。
女性ドラマーのグルーヴのポケットが凄く心地良いって感じることが多いんだよね。(つっちー)
土田(以下T):この対談に備えて、D.W.ニコルズの音源全部聞いてきたんだけど、りっちゃんの演奏って、僕の中では林立夫さん(1970 年代から80 年代にかけて多数のレコーディング・セッションで活躍した名ドラマー)の輪に入るプレイだなって思うんだよね。クリックよりも正しいポケットで刻んでいるなって感じが。
で、そのポケットに入れる入れ方が、男女でちょっと違うんだよね。男性の方がよりスポーティーって思っちゃう。
世界中にいろんなタイプの女性ドラマーがいて、国の特色や音楽のフィールドの違い、特徴はあるんだけど、女性ドラマーのグルーヴのポケットが凄く心地良いって感じることが多いんだよね。
岡田(以下O):立夫さん!嬉しいなぁ。ポケットについては、常に無意識に調和を求めているというか、これがカッコイイでしょ?良いでしょ?という姿勢ではなく、自分が心地良いところを自然に追い求めているとは思いますね。以前JPCの連載でも少し書きましたけど、月のものを体で自然に感じている、女性特有の周期っていうものの影響があるんじゃないかと昔から思っています。だから、正確に1・2・3・4の全部が合っていなくてはいけないという意識はなくて。。
T:女性が作り出す周期っていうのは、1があってひとまわり円を描いているとすると、この円が、単純な線じゃない気がするよね。2 次元ではなく、3 次元で螺旋を描くように進んでいて、地球の公転と自転の関係のように複雑に絡み合って回っている。
O:すごい! すごい分析!! 凄くうれしいですね!!!!
T:でも本当にそうなの。その女性特有の周期を持っているっていうのは、生命の根源の話になるわけよ。それに一番近いのがアフロアメリカン、とか黒人のあの感じだと思うの。強力な生命力を感じるじゃない。それがポップスフィールドに出てきてジャズやファンク、ソウル・ミュージックに繋がってる。
O:凄く良いですよね!
T:でもそのルーツっていうのをりっちゃんには感じるんだよね。
ところで、なんでそんな渋い音楽が好きになっちゃったの?
O:大学のサークルの先輩の影響で、「はっぴいえんど」を始めとする日本の昔の音楽だったり、70 年代のソウル、ファンクだったりとかを聴くようになって、そこで全部わぁ~って入ってきました。で、めちゃくちゃカッコイイなって思って。
T:カッコイイなって思ったの?はっぴいえんどを聴いて??
O:どっちかって言うと細野(晴臣)さんのトロピカル3部作とかのほうが大好きなんですけどね。
T:えっ、ちょっとまって女子大生でしょ? うら若き・・・
O:うら若き(笑)
T:そこで、ハマの風を感じながら
O:ユーミンを聴いていたわけですよ。
T:それはわかる!ブレッド&バターとかね。
O:ティン・パン・アレーとか、キャラメル・ママとか、あの辺の方々は凄いなって思いました。そこは先輩を飛び越えて自分でレコード漁って買って聴いていましたね。
T:和製リッチー・ヘイワードみたいな、あの立夫さんのドラムね。
O:もう、最高にカッコイイですよね。なんでカッコイイと思ったんでしょうね?
T:そう、それが不思議なの。この間も吉田美奈子さんと話したんだけど、あの当時、あの辺の現場にいた女性たちは、細野さんのトロピカル3 部作を聴いて、人さらいの音楽だって思ったって(笑)。あそこに行っちゃうと、もうさらわれちゃって戻ってこられないわけ。あんまりにも変で。
ある時、大阪と東京のビルボードで、キーボードの猪野さんとドラム林立夫、ギター鈴木茂、ベースハマ・オカモトっていう仕事があってドラムテックとして参加したんだけど、大阪からの帰りの新幹線で隣が茂さんだったのね。東京までの2 時間半、いろんな話をすることになって。
「細野さんのトロピカル3 部作の時、どう思ってたんですか?」って聞いたんですよ。そしたら、「全然わけわかんなかった」って。ただ、水脈は全部繋がっているから、例えば、デキシーランドジャズがあったり、ヴァン・ダイク・パークスだったり、リトル・フィートだったり、ジェームス・テイラーがいたり、チャイニーズ・エレガンスがあったり、ハリウッドのソープオペラがあったり、そういった水脈はぜんぶみんなわかっていたから、好きな先輩に呼ばれて行って、譜面もあるしコンセプトもはっきりしているし、演奏することに関しては全く問題なく、楽しく演奏できたけど、細野さんどこ行くのかな?っていう思いはあったよね。って。
O:へぇ~、すごい話を聞けましたね。
女性ミュージシャンって耳の良い人が多い気がするんです。(りっちゃん)
O:私は大学生の時に3 部作聞いてメチャメチャ素敵と思って。でも、私はその時、ヴァン・ダイク・パークスは知らない、リトル・フィートも聴いたことない。そういう知識は、基本的に男性に比べて全然無いんですよ。でも感覚で良いと思うわけですよ。それは60、70 年代のソウル・ミュージックも一緒で、この人の基がこうでとか、音楽の系譜とかも別にそれほど追いかけないですし。聴いて良かったら良いわけで。このリズムがこうなって、これはこのジャンルのリズムから来てみたいなことを、あまり意識していないのが逆に良いのかもしれないですね。
T:いやぁ~、目から鱗が落ちました。だから男は女に勝てないんだよ。先行っちゃってるんだよ!男って掘るんだよね。
O:それは羨ましいんですよ!現場で、「こういう感じのあれみたいな」って言われて、ああ、あれねって
T:言いたいだけだから、男は(笑)
O:私も「ああ、あれね」って言ってやりたいですもん。男性の皆さんは引き出しがたくさんあるわけじゃないですか、知識が。でも、その知識が私は少ない。だからこそ、その場で聴いた音に直接反応して自分で作っていくしかないんです。でも、その時々に考えていったものの蓄積があるから、女性ミュージシャンって耳の良い人が多い気がするんです。
T:決めつけられちゃうと迷惑かもしれないけど、客観的に女性の演奏を聴いた時に、女の子って凄いなって思っちゃう。女性独特の価値観っていうものは、男には知り得ない光であったり闇であったり。男はそれを覗いてみたいわけよ。でも、覗いたとしても絶対にかなわないし、できない。そこに存在している男女の違いって、凄く興味深いじゃない。どういう風にやっているのかな、何を思ってやっているのかなって。まあ、男同士でも同じなんだけど。
O:私の場合、基本的に歌がある曲というのが、自分がドラムを叩く前提にあって、歌い手がいかに気持ち良く歌えるかという部分しか考えていないんです。それができなかったら、自分の何がダメだったのかって考えてしまいますね。
T:意外に歌の人が、ドラムが歌を聴き過ぎてプレイされるとつらいっていう話があるんだけど。
O:わかります、わかります!歌と一緒にもたったりしないでくれみたいな
T:もちろん歌、メロディに対するプレイは大好きなんだけど、あまり聴き過ぎるのもなって最近思っていて。
“永遠のモータウン” っていう映画あるじゃない。その中で、字幕になっていないセリフがあって、ホントに僅かなことなんだけど。初めて一緒に音を出す時に、どうすりゃいいんだ?って悩んでいるメンバーに対してのセリフなんだけど、「大丈夫だよ、好きにやりゃぁ良いんだよ。」みたいなことが字幕では書かれていたんだよね。でも、そこで訳されていなかった言葉が「誰も聴いてないから」。譜面に書いてあることだけやればいい、お前が何を弾いているかなんて誰も聴いていないから。完成図は全員が見えているっていう前提での、“やればいいだけでしょ” っていう。
あの、「誰も聴いてないから」っていう言葉の重さって凄いなって思ったの。
早くそこに行きたいな、でも生きてる間は行けないだろうなって。
O:自分のバンドのときは歌メインでやっていてよかったんですよ。でも、ひとりのドラマーとして仕事をさせていただくようになって色々見えて来たこともありますね。例えば、歌い手がいない状態でバンドアンサンブルを固めなきゃいけない状況に立たされた時、最初はどうしようっ!?と思ったわけです。
まずとりかかったのは一度マシンと化して、リズムキープと、最低限しなければいけないことをきっちりやること。でも、途中から他のメンバーの音がちゃんと聴けてなかったんだなって気がついて。それが聴こえるようになってからは楽しくなってきたというか。
T:ちょっと開放されてきた?
O:そう、開放されてきて、本番が一番楽しかった。聴こえていなかった歌がきちんと聴こえてくると、普通に音楽を聴いて楽しんでいる状況と同じように、あぁ~いい曲だなぁ~って。
T:そこで得たものって、色々とても大きなものだったと思うんだけど、バンドってエゴを出していいところじゃない。エゴを出さないとバンドにならない。でも、セッションプレイヤーとして演奏する時ってエゴを殺さなくてはいけない瞬間もあって、それが最初難しかったんだと思うんだよね。
エゴを封じ込める気持良さってない?
O:メンバー全員でひとつの楽団なんですよね。一度リハーサルの時に、「ドラムそこ盛り上がりすぎ、もう他の楽器が盛り上がってるからドラムは盛り上がんなくていいんだよ」って言われたことがあって、あぁ~そうだ自分のバンドのときはこれでよかったんだけど、違うんだ!って感じたり、そういった小さな、たくさんの気づきの積み重ねがあって。きちんと楽団の一員になれてる、他の音もちゃんと聴けてる、曲が盛り上がってるけど私はじっとここにいる、みたいな。でも、周りは変化して行ってそこにストーリーはあって、でも私はそのストーリーを見ながらじっとしている心地良さみたいなものを、やっと、少しだけ分かってきた気がします。
T:それってすごく大事っていうか、そこに限定はできないけれど、音楽の大きな喜びのひとつだよね。僕、一番最初にやった楽器って実はティンパニだったんだけど、譜面もらってさ、64小節休みっていうのが3つぐらいあって、やっと“ドロロン” ってやって。あと64 小節休みっていうのが4つぐらいあって曲が終わっていくっていう。ここだけじゃんみたいな。
でも、その休みの間の景色って、ちゃんと見ておかないと、この“ドロロン”が活きない。意味わかんないまま、ただ“ドロロン” ってやっちゃうのと、ちゃんと景色を見て、これはあっち行ってこっち行って、森があって山があってみたいなことを感じながらやる“ドロロン”とは全然違ったものになってくる。休んでいるところの大事さ、そこで見えている景色ってすごく大事だし、風景は見えているけど、じゃあ自分はその風景の中にいるのかいないのかっていうところも大事。
そういう部分っていうのが、エゴを殺していく快感。
何年か前、クインシー・ジョーンズが来日した時、グラミー製造機みたいなメンバーだったのね。ドラムはジョン・ロビンソン。幸いなことに、その現場にテックとして参加する機会がいただけたのね。その時の彼らのエゴの殺し方が半端ないわけ。なんにもないの、ステージ上。でも、凄いわけ。演奏が、音楽が。これレコードと全部一緒なんですけどみたいな。足の裏から鳥肌立つってこういうことかみたいな。でも、エゴゼロなの。エゴがなくなって、なくなって、なくなっ
ていくとああいうことになるんだなって思って。
ところで突然話は変わるけど、次に生まれてくるとしたら男がいい?女がいい?
O:わたしは、20 代ぐらいまでは男がいいと思っていたんです。でも、30を超えて、女の人の方が面白いかもって思ってます(笑)。
そもそもバンドやりたいと思ったきっかけはユニコーンなので、男の人達が集まってワチャワチャと面白い事やっているみたいなものに憧れたんです。でも、男の子たちとバンド活動をしていく中で、やっぱり男の子とは対等にはなれないなと感じることが多くて。
ただ最近になって、実は私はバンドの中でちょっとおねえさんみたいな立場にいるのかも?私がちょっと言ったことがバンドに大きく影響したりしてる?って気づいてから、あまり男の子に生まれ変わりたいとは思わなくなりました(笑)。
T:僕は3日間ぐらい女の子になってみたい。で、4日目に男に戻って女の子の記憶と感受性を持って余生を過ごしたい。
だって、やっぱり謎だもん。
なんだろうね、皮膚感覚や、いろんな感覚が全然違うから。男と女、違うから楽しいんだろうし、違うから悩むんだろうし、それはやっぱり永遠の謎だし、謎にしておいたほうが良いのかもね。
以前、ノーベル賞を受賞した科学者が、受賞の挨拶で、「風邪を完璧に治す方法。水虫を完璧に治す方法。女心を掴む方法。この3つのどれかができたら皆さんもここに立つことができます。ありがとうございました。」って言って帰っていったの。
カッコイイじゃない!そういうことなんだよ。風邪は誰にも治すことができない。水虫も誰にも治せない。常にそこにいるものだから。
男女の関係も常にそこに存在して、絶対に変えられない、変わらない、解けない謎。それは宇宙の真理と一緒だから。
それはやっぱり、どういうふうに思われてるのかな、どういうふうに思ってるのかなっていう、お互いのエクスキューズがないと成り立たない。興味を持つっていう。
O:そうですね、それが良いんでしょうね。
T:ドラムテックとして仕事しているけど、実はみんなの機材やデータやスペックとかには興味がなくて、そんなの知っている人が言えばいいじゃんって思っているわけ。
そんなことよりも、その人自身がどう思っているのかな?っていうところのほうが興味がある。絶対に他人のことなんてわかるわけ無いじゃん。
それが究極なんだよね。テクニシャンとしても、ミュージシャンとしても、人としても。
自分はこう思っているけど、人はどう思ってるんだろうっていう。価値観というか、その人のストーリーを聞くのが最近は凄く楽しいなって思っていて。
だから、りっちゃんのストーリーはどうなのかなって。
でも、やっぱり謎でしたね。
O:では謎のままということで!(笑)
というか、謎って考えるから、謎なわけで。謎とも思わない、ただ単純にそうなんだな!って。 それでいいんじゃないかなと思います。
T:うまくオチたかな?(笑)
今日はどうもありがとうございました!さ、飲みに行こうか!
O:こちらこそありがとうございました!行きましょう!
そして二人は浅草の夕闇に紛れて行きましたとさ…。
◇ ◇ ◇
■つちだ“つっちー”よしのり プロフィール
1969 年生まれ。11 歳の頃YMO の高橋幸宏に衝撃を受けドラムを始める。現在はフリーのドラムテック&ローディーとして矢沢永吉、高橋幸宏(METAFIVE,YMO)、松本隆(はっぴぃえんど)、林立夫(Tin Pan)、細野晴臣、[Alexandros]、Diggy-MO'、LITE、
星野源、ピエール中野、RADWIMPSなどのツアーやレコーディング、FUJIROCK FESTIVAL やSUMMER SONIC などの、夏フェスでのステージクルーとしてウロウロしている。
自身のバンド254soulfoodでは定期的にLIVEを行っている。
プレイヤーとしての参加作品はHARRY「BOTTLE UP AND GO」本園太郎「R135 DRAFT」「torch」など。
蕎麦と落語と読書に酒、煙草好きの堅太り。
◇ ◇ ◇
■岡田梨沙 プロフィール
1980年6月11日生まれ。
北海道帯広市生まれ、横浜育ち。
歌が好き、バンドが好きで、15歳の時にドラムをはじめる。
大学卒業後、様々なバンドに参加する中でD.W.ニコルズと出会い、2007年に加入。2009年にメジャーデビュー。
バンドを9年間続けたのち、2016年9月にD.W.ニコルズを脱退。
現在はフリーのドラマーとして、関取花、磯貝サイモン、GOING UNDER GROUND、D.W.ニコルズ他のライブサポートで活躍中。
2020/11/3レコードの日に7インチシングル「Magic Hour Comes / はばたキッス」で”RISA COOPER(リサ・クーパー)”としてソロデビュー。作詞作曲、歌唱からドラム以外の楽器もこなす。
2021/11/10にはファーストフルアルバム『RISA LAND』を発売。
ソロ活動以外にも、2018年には磯貝サイモン・中澤寛規(GOING UNDER GROUND)などと共に2016年に急逝したシンガーソングライター橋口靖正のトリビュートバンド”HGYM”を立ち上げ、2022年にはベーシスト吉田建と共にオーケストラバンド”The Pirates A Go Go”を立ち上げるなど、積極的に多方面に活動を展開中。