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THE INTERVIEW 加藤寿和(加藤木魚製造所・木魚職人)
愛知県尾張地区は、木魚の国内製造の100%を占めるという特異な地区。一時代は仏具の一大産地として名を馳せた同地区も、時代の流れとともに廃業する製造者が続出し、木魚製造者も現在は6軒にまで減少している。そんな逆風の中でもぶれる事無く、ひたすら木魚を作り続けるのが、加藤木魚製造所の加藤寿和氏。コマキ通商の販売するK.M.K木魚は、加藤氏の守る伝統的な技術から生み出される工芸品です。氏の木魚製造に懸ける思いと、製造の現場のことを伺いに、一宮市にある工房を訪ねました。
取材・写真撮影:コマキ通商営業部・内山洋樹
※この記事は2019年10月10日発行「JPC 162号」に掲載されたものです。
木魚製造「加藤木魚製造所」について
加藤木魚製造所は、創業されたのはいつごろですか?
はっきりいって、分からないというのが正直なところで(笑)。祖父の代に始まったんですが、祖父が亡くなってしまったもので、はっきり訊いたことが無かったんですよ。推測ですが、だいたい90 年くらい前かなと思っています。
寿和さんで三代目、お父様の春男さんが二代目。もう寿和さんが三代目を襲名されているんですか?
正式にはまだなんですが、そろそろやらないとなと思っています。現在は経営者は父のままです。
寿和さんがこの木魚製作のお仕事に就かれたのはいつ頃ですか?
27 ~ 28 年前のことですね。1992 年頃。5 年くらいは東京でサラリーマンやってたもので。
自分が27 歳になる年に始めました。
へぇ~。そうなんですね。サラリーマン時代の職種は?
全く関係の無い…旅行会社の経理をやってたもので、結果的にはその頃の仕事が「青色申告」とかの役には立ってるんですけど(笑)
なぜその頃に会社を辞めて、木魚製作の仕事をしようと決めたんですか?
一応、当時親からは「数年で帰ってこい」と言われてたんです。
お父様からは跡継ぎとして期待されていたんですね。
当時はですね、父は例えば助手みたいな形で実家に戻って親を手伝うのが当然だみたいに思っていたみたいで。昔の人って、そういうのが当然だっていう感覚ありましたよね。
そうですね。当時って確かバブル絶頂期の頃ですよね。
そうですね、ちょっと下り坂、くらいの時期でしたかね。でもどこもかしこも景気が良かったですよね。ウチの家業も景気が良かったです。お寺も景気が良かったみたいで、それで余計に親からは「忙しいから早く帰って手伝え」って言われました。
で、当然東京の会社も景気が良くて。だから実家に帰って家業に入る決心はしてなかったし、むしろ「出ちゃえばこっちのもんだ」くらいの気持ちもあったんで(笑)
ははは、なるほど(笑)
でもですね、たまにこういうこと訊かれるとこう答えるようにしてるんですけど、やっぱり事務仕事ってのは空しさみたいなものがあって。自分のした仕事の「手の跡」が何も残りませんよね。跡形も無く。でもこの仕事って自分のした仕事がちゃんと形になって残るんですよね。ちゃんとしたものを作れば何十年も使ってもらえる。そんなふうに仕事というものを見直す機会になったのは確かにあります。
東京の楽しい生活に未練は無かったんですか(笑)?
そうですねぇ… ま、色々あったんで(笑)あんまり未練は無かったです。
実家に戻り木魚製造を始める。
それで色々な事を乗り越えて、木魚製造のご実家に帰ってこられたんですね。
さあ、いよいよ実際の製作ですよね。初めはどんなことから始めるんですか?
初めはですね、中彫りから始めました。外側の仕上げに関わる作業は、間違えたら修正出来ないじゃないですか。中彫りはあとからいくらでも修正出来るので、まずは延々そればかりでしたね。何年もそればっかり。
何年くらい?
何年やってたのかなあ… 結局何年間これやらせて、次はこれやらせて、みたいなことは(父親は)何も考えてなかったんです。多分。とにかく中彫りをメインにやらせて、手が欲しくなったら別の作業手伝わせて、みたいな事を何年もやっているうちに、だんだん色々な事を部分的に習得していったって感じですかね。
難しい技術に取り組み始めたのは?
う~ん… 僕らの世代って、「指示待ち人間」じゃないですけど、言われるまではやっちゃいけないのかな?っていう気質もあったんで、なるべく手を出さないようにしてたんですよ。そしたら(父親が)「何でお前はいつまでたっても何もやらないんだ」って怒られるし(笑)
理不尽ですね(笑)
ははは。まあ、昔はそんな感じだったんですよ。ムダに遠慮してたと思いますね。
では工程を順に追って見ていきたいんですが… 材料は楠(くすのき)だけですか?
はい。たまに高級材の「桑の木」を使う事もあります。
楠って、よく神社やお寺に植えてありますよね。結構な大樹に育って「ご神木」
として祀られているものも見かけます。
そうですよね。何故そういう場所に植えられているのか詳しくは知りませんが、楠って成長が早いんですよ。そして冬場でも葉が落ちない「常緑樹」なんです。いつも青々していて、春先に葉は生え変わるんですが、いっぺんに落ちたりしない。そういうところが好まれているのかもしれませんね。
原木は先ほど拝見しましたが、丸太の状態で置いてありましたね。
はい。丸太で買って、まず3年以上は寝かせます。そのくらい寝かさないと狂いが出ちゃうので。
3年もかかるんですね。そうやって十分に乾燥が進んだ楠を、次はどうしますか?
「木取り」ですね。サイズに応じて木材を切断し、粗方の形状に切り出す作業です。この形にする際に、間口の切り込みも入れてしまいます。
そして次に、外形を丸めていく作業です。始めは角を落としていく作業ですね。角をどんどんノミで落としていくと面がどんどん細かくなっていって、次第に丸みを帯びてきます。
先に中を彫るんじゃないんですね。
基本的な外形がある程度出来ていないと中を彫れないんですよ。外形がカクカクした状態では「勘」がわかんないんで。だから先にある程度までしっかり丸めます。敢えて名をつけるとしたら「整形」ということになりますかね。で、このあと中を刳る作業、「中彫り」をします。この言い方は職人によって違うかもしれませんが。
中はどのくらい彫るんですか?こういう形状だと、厚みをマイクロメーターで計るのも困難ですよね。
正直言って、「勘」です。具体的には、木魚の外側に手を当てたまま内部を覗くと、何となく厚みの感じがわかるんです。それで、木魚のサイズにもよりますが、大体1 ~ 2 センチくらいになるように調整しているつもりです。実際には、それよりもう少し厚いとは思いますが。
そしてこの状態でしばらく自然乾燥させます。大きさにもよりますが、小さい物で1年間、大きい物になると5年とか10年とかかかります。ここに置いてあるのが2尺2寸ですが、これも10年ものです。やはり大きさによって乾燥させる期間はまちまちですね。
この状態でまた更にそんなに長く寝かせるんですか!隣の小部屋にたくさん吊るしてあったのはその自然乾燥中の「中彫り」されたものだったんですね。
そうです。
その乾燥具合の見極めですが、まだ乾燥が十分じゃない物を使ったりすると、
やっぱり割れたりするんですか?
明らかにじとっとするくらいのものじゃない限り、芯までヒビが入っちゃうような事はまず無いんですが、飾り彫りの細かい彫刻にピシピシッとヒビが入る事はあるんですよね。そうなるとクレームの元になっちゃうので。楠は…ヒビが入るんですよ…(苦笑)
余談ですが、先日珍しい物が届きまして。中国とか韓国製と思われるんですが、木魚の元になったと言われる「魚板」だったんですが、あちこちにヒビが入ってるもので、そのヒビを修理してくれって言う依頼でした。同じ「楠」で出来たものだったので、細かいヒビに丁寧に埋木をして直して行くんですが…3日ぐらいかかりましたね。そんな修理が出来るのも、今となっては欄間職人かウチか、くらいでしょう。
仕上げ・音付け・飾り彫り。
さて、次は外側をきれいに丸めて行くんですね。この作業はなんて言うんですか?
う~ん…..考えた事無いな(笑)工程としては全体に機械の回転式のサンダーでヤスリをかけて、細かいところは手作業で擦ったりして仕上げて行きます。まあ「仕上げ」と呼ぶしか無いですね。
この二つを見比べると、あっさりこの状態になっちゃうように見えますけど、実はここに行くまでには結構手間がかかってまして。ノミとカンナを駆使してやっとここまで行くんですよね。で、ここまで切った面が細かくなってくると、やっとヤスリで擦るだけで奇麗に丸いカーブが作れるんです。
なるほどなるほど。なんと言うか…多面体をどんどん細かくして行く作業…と
言う感じかしら?
簡単に言うとどんどん角を落として行くって感じですかね。
そしてこの後が、音を作って行く作業。そうですね。「音付け」って言ったりします。
音付けのときにはどんな事に注意をされていますか?
普段の木魚の製作では音程は気にしていないものですから、「いちばん響く状態で止める」事になりますね。重要なのは中彫りに加えて、切り込みの端の部分を薄くしたり、深く彫ったりすると音程が下がるんですね。この部分(開口部の端の方)をね、少し指で塞いだり開けたりすると音程や音質が変わるんですが、この工程を進めて行くと、開け閉めをしてもそんなに音に変化が無くなる状態になる所があるんです。そこまで来ると「あ、ここが限界なんだな」とわかるんです。
そして、この部分をさらに彫ったり薄く削ったりすると、指で塞いだときの方が音が良くなってしまう事があるんですが、そこまでやっちゃうと私どもは「音が抜ける」って言うんですが…
あ、それ、「やっちゃった」ってことですか?
そう、ああ~、やっちゃったっていう(笑)
でもこうやってちゃんと「音付け」された木魚はきちんと「音が人の手で作られた」っていう感じがありますね。素直に鳴るっていうか。
そして最後に飾り彫りですね。飾り彫りの模様にはいくつかスタイルがあるように見えますが。
はい。この模様は… よく仮面ライダーとか呼ばれてますが(笑)、これが基本的なスタイルです。描かれているのは2頭の竜で、「名古屋彫り」と呼んでいます。小さいものや安価なものには、この「名古屋彫り」の簡略化された「並彫り」のデザインを彫りますが、大きいものや高級なものには造作も精緻に、細かくなっていきます。最高級のものには簡略化を一切排した「龍彫り」を施します。
こういうシンメトリーな模様じゃないのもたまに見かけるのですが。
ああ、あれは「鯱彫り」と言って、「鯱」と言っても実在の鯱ではなくて、架空の魚ですね。
「シャチホコ」の鯱みたいな。京都の方にはこのデザインが多いと聞いた事があります。
ウチの工房ではこれは「番外編」みたいな扱いですね。注文数も少ないです。
面白いですね。こういったデザインを彫るときは、どんな手順で進めるんですか?
初めはフリーハンドで絵を付けて行きます。ノミのRを使って絵を彫り込んで行く感じですね。込み入ったデザインになって行くと型紙があるので、それを転写して進めて行きます。
初めはフリーハンド!スゴいですね。型紙は型彫り師の方とかが居るんですか?
それは我々が自分で描きますね。その書き方も一応師匠筋というか、流派みたいなものがあって、三系統くらいあったそうなんですが、今はもうどんどん廃業されて行くので、実際どの程度残っているかはわかりませんね。
なるほど。日本の製造業は、あらゆる業界で慢性的に継承者不足に悩まされている現実がありますね。こういう話を聞くのは、私たちにも辛いものがあります。
以前は木魚の製造組合があったんですが、ずいぶん前に解散してしまいました。なので業界のようなものはないんです。でも最近になって、経済産業省から「尾張仏具」という括りで伝統工芸品指定の認可が下りまして。私も「伝統工芸師」と正式に名乗る事が出来るようになりました。こういうことが我々の持っている文化や伝統を残していくのに役に立てばなと思っています。
良い方向に向かうことを願っております。
「音楽向けの木魚」を製作して。
弊社のお願いしているK.M.Kの木魚は、通常の木魚の「飾り彫り」の手前までは同じ工程で進むんですか?
いえ、実は少し違ってまして、通常の木魚は飾り彫りをしますから、K.M.Kの木魚のように側面を反らせるように削ってしまうと、仏具としては使えないんですよ。なので結構早い段階から工程は枝分かれします。なのでコマキさんに出すのはこの段階から違うんですよ。
仏具として出荷する場合は、お客様、結構見た目を気にされるんですよ。色味とか、木目とか。なので黒ずんだ木目のものとかは仏具屋さんからは敬遠されるんです。けどコマキさんの場合は楽器として音が良ければ良いという事なので、了解もいただきながら、仏具としては使いにくい材料を敢えて使わせていただいています。それはとても助かっています。
弊社の木魚はユーザー様からは、特に音色に対する評価がとても高いので、いつも安心して勧めています。
「音楽用の木魚を作ってください」と依頼されて、ご苦労などはありますか?
初めはどうなるかなと思いながら請け負ったのですが、基本的には同じ事をしていますので、それほど変わりはないです。音程の事も、仏具としての「音付け」のやり方で作ったものが、大体コマキさんから指定されている音域にはまってくれる事も多いんですよ。逆に、この仕事をお受けして以降、仏具の木魚の音付けの基準もより明確になった気がします。
あ、それと、紹介していただいたチューナーアプリは重宝しています。以前はギター用のチューナーでやっていましたが、特に高音になると針が反応しないんですよね。アプリだとしっかり拾ってくれるので、作業を進めやすくなりました。
仏具屋さんから音程を指定される事はあるんですか?
それは無いですね。あるとしたら小さい木魚の音程を「もっと下げてくれ」みたいな無茶なお願いをされる事はあります(笑)。
音楽で使用される皆さんにお伝えしたい事はありますか?
そうですね…. 落としたら割れるんで、「落とさないでね」ですかね(笑)。それがいちばん多いんですよ。仏具屋さんからも。落として割れちゃったっていうクレームが。
それと、コマキさんとのお仕事は、やり甲斐があるんですよ。楽器として、音楽のために作るっていうのが、文化の一端に触れているような気がして。仏具の世界ではそういう実感はなかなか得られないものです。これからも良い音色の木魚を作って、音楽の世界と関わっていけたらと思います。
私達もさらにこの純日本製の木魚の素晴らしさを伝えて行きます。本日はお忙しい中ありがとうございました。
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執筆者: コマキ通商営業部・内山洋樹
取材協力:コマキ通商株式会社