世界の打楽器部屋から
世界の打楽器部屋から Vol.19|エストニア・タリン 谷野健太郎
世界各国で活動されている日本人のみなさんを「打楽器」というキーワードで、それぞれの生活スタイルや現地の情報など、その土地目線でレポートしてもらう紀行シリーズ第19回目。今回はエストニア国立歌劇場管弦楽団で、首席ティンパニ奏者として活躍されている、谷野健太郎さんに寄稿して頂きました。
※この記事は2022年4月発行「JPC 172号」に掲載されたものです。
現地情報
- 国:エストニア
- 地域:タリン
- 生活言語:エストニア語
- 日本との時差:-7時間(サマータイム時-6時間)
エストニア国立歌劇場管弦楽団首席ティンパニ奏者の谷野健太郎(やのけんたろう)と申します。エストニアでの生活や仕事について、少しお話させていただきます。拙い文章ですが最後までお付き合いいただけますと幸いです。
●エストニアについて
私の職場や仕事の話に入る前に、まずはエストニアについて軽く触れておきたいと思います。エストニアはラトビア、リトアニアと共にバルト三国を構成する国の一つです。フィンラ ンド湾を挟んでフィンランドの南側にありますがフェリーで2時間程の近い位置にあり、首都タリンからヘルシンキまで直線距離にして100kmもありません。国土面積は北海道の約半分、総人口は140万人弱、首都タリンは40万人強という小さな国です。最大都市の首都 タリンでもこの人口数なので街の雰囲気はとても穏やかでゆったりとした雰囲気に包まれております。
公用語はエストニア語ですが若い世代を中心に英語を話せる人が多く、エストニア語にまだ不慣れな私は、わからないときは英語で難を逃れています。エストニアはIT大国として有名ですが(Skype発祥の地です)、特にそれが顕著なのは行 政サービスなどの手続きや申し込みの多くをオンラインで出来ることなどに表れています (考えてみると市役所に行ったのは観光の時だけで、手続き等で行ったことが未だにありません)。エストニア語がまだ不慣れな自分にとっては大事な手続きなどで、難しいエストニ ア語を翻訳しながら自分のペースでゆっくりと進めることができるのでとても安心します。
北国なので夏は過ごしやすく冬はとても寒いですが、私自身北海道の生まれなので故郷と似ており、夏冬の日照時間の差以外は特に困惑することもなく早いうちから順応出来たと思います。
●歌劇場での仕事
公演の大半は本拠地であるエストニア国立歌劇場で行われます。基本的には月曜日が公休日、火曜日がリハーサル、 水曜日から日曜日が公演という形ですが、公演日の日中に別の演目のリハーサルがあることもあります。もちろんシフト次第なので全てに乗るわけではありませんが場合によっては日中と夜の2回出勤という日が続く場合があり、この時は忙しくなります。
既にレパートリーになっている演目(過去に何度も公演され、毎年プログラムに組み込まれるような曲)はシーズンのその演目の公演初回前にゲネプロが一度(難しい曲の場合は2、3回)あるのみでその後は大きく間が空かない限りは本番のみになります。シフト次第ではリハーサルに乗らずに本番に臨むこともありますし、同じ演目でも指揮者が違うこともよくあるので本番では臨機応変に対応する能力が求められます。通常の公演とは別に、ガラコンサートやシンフォニーコンサートが年に3、4回ほどあります。コロナ禍で多少減ったものの、基本的に年間を通して約300程度の公演が行われます。全ての公演にオーケストラ伴奏がつくわけではありま せんが、一日2回公演の日や、オーケストラを分割して地方公演と本拠地での公演が同時に行われたりなどすることもあるため、公演数は多いです。また、前述のとおり月曜日のみが公休日の週6日ベースでの勤務なのでその代わりとして夏期休暇が長くなります。
劇場は座席数800席とそこまで大きいホールではないこともあり、オーケストラピットもさほど大きくありません。
打楽器のスペースはかなり狭く、多くの楽器を使用する場合はいつも配置に苦労します。また、打楽器セクションの人数はフルタイム4人とハーフタイム(フルタイムの団員の半分のシフト数で勤務している団員)1人の計5人ですが、月あたりのシフト数の上限が決められているため、一人当たりのシフト数が多くなり過ぎず、且つ多い公演数 をこなすためには可能な限り楽器を掛け持ちする必要があります。それはティンパニ奏者も例外ではありません。最近一番大変だった掛け持ちはティンパニから大太鼓に移動して数発叩いた後、急いでティンパニに戻ってソロを叩いたことでしょうか……。ピットならではの客席からあまり見えないが故に許される荒業ですね。中学・高校の吹奏楽部時代を思い出します。上演するレパートリーは、オペラやバレエの作品はもちろんの事、ミュージカルや子供向けの作品まで様々です。エストニア人作曲家の代表格 であるEduard Tubinのバレエ作品「Kratt(ゴブリン)」はとりわけエストニア人作曲家の作品の中でも 重要なレパートリーの一つです(こちらの団のオー ディションの課題曲の一つでもありました)。また、 新作の初演にも積極的でエストニア人作曲家による完全新作のオペラや、既存の管弦楽作品をもとに構 成されたバレエ作品などもあります。
●楽器のこと
現在、私の職場ではティンパニはAdamsのSchnellar Amsterdamモデルを使用しており、大太鼓、グロッケンもAdamsのものを使用しています。小太鼓はPearl、シンバルはSabianがメインですが、サスペンデッドシンバルに関してはTurkishなどを曲に応じて使用しています。これらの楽器は私が入団する少し前に購入したそうで、それまではほぼすべてPremier社の楽器を使用していたそうです(ティンパニはYAMAHAを使っていました)。というのも、1970年代終わり頃、エストニアがソ連の統治下にあった当時に文化省が打楽器を一括で購入する機会があったそうで、その際の購入先がPremier社だったとのこと(Musser社からも購入していたようです)。ちなみに今でもその当時に購入したチャイムとヴィブラフォンは本番で使用しています。現在は楽器やマレット、パーツ等の購入は直接メーカーから購入するか、フィンランドやドイツにある楽器店から購入しています。
●最後に
歌劇場で働くことの強みは劇作品と管弦楽作品の両方を数多く経験できることにあると思います。2019年に入団して今年で3年目、ようやく生活や仕事にも慣れてきたところです。 これからは自身のスキルアップはもちろん、地域に根付いている音楽など、こちらでしか体験できない様々なものに積極的に触れていきたいと思います。
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谷野健太郎プロフィール
北海道教育大学岩見沢校芸術課程音楽コース卒業、及び 同大学研究生修了。同大学選抜卒業演奏会出演。フリー奏 者を経てオランダのコダーツ芸術大学(旧ロッテルダム音楽 院)へ留学、学士課程及び修士課程を修了。在学中、ロッテルダムフィルハーモニック・コダーツアカデミーのオーディシ ョンに合格しロッテルダムフィルハーモニー管弦楽団の団員 より指導を受ける。またNJO(オランダ・ナショナルユース・ オーケストラ)のオーディションに2年連続で合格しサマーツ アー及びウィンターツアーに参加。2019年よりエストニア国 立歌劇場管弦楽団首席ティンパニ奏者。